軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

見てみぬふり・第2話

 つまらぬ体験談を書いたところ、読者の方々から、貴重な体験談が寄せられた。どれもこれも、考えさせられるご意見で、このままでは確かに「侍の国・日本」が“消滅”しかねないと悲しくなる。そして「月虹」氏のコメントで思い出したのが、車掌に通報しても全く無意味だった実例である。
 ずいぶん前のことだが、私の友人で芸能プロダクション社長のS氏が、横須賀線で体験した例である。
 彼は鎌倉に住んでいて、横須賀線グリーン車で通勤していたのだが、ある日帰宅途中、検札に来た車掌が、傍若無人な態度で座っている“ヤクザ者”だけ検札しなかったので「なぜ彼らを検札しないのか?」と車掌に注意すると、車掌は“恐る恐る”検札したそうだが、やはりグリーン券は持っていなかったという。“ヤクザ”達は、S氏に向かって「貴様余計なことをしやがって!覚えていろ!」と凄むと車両を出て行ったので、車掌は改めてS氏に帽子を取って感謝したという。
 車掌に通報するでもなく、今まで“ヤクザ”のやりたい放題を見てみぬ振りだった乗客たちからもいっせいに拍手が沸き起こり、S氏を褒めちぎり、中には「あなたが言わなかったら、私が言うところでした」とまで言った紳士もいたという。
 すっかりS氏は車内で“英雄?”になったのだが、車掌がいなくなると、件の“ヤクザ者達”がグリーン車に戻ってきて、S氏に食って掛かったのである。
 それを見た乗客たちは、今までの元気はどこへやら、一斉に見てみぬふりに徹し、S氏同様“勇気ある行動を取る筈だった”件の紳士も顔を上げなかったらしい。「先生、世の中とはこんなものですよ。口先だけは強がるが、腰抜けばかりです」とS氏は言った。
 ヤクザは怒鳴りながらS氏の胸倉をつかもうとしたが、S氏は空手の有段者だったから、反射的に“ヤクザ”の顔面に一発喰らわせた。ところが反撃にひるんだ“ヤクザ”達は、驚いたことに自分のことは棚に上げて「車掌に言いつけた」のである。つまり「S氏を暴行傷害罪で訴える」というのである。
 車掌から、一緒に保土ヶ谷駅で降りるように言われたS氏は、悪いことはしていないので自信たっぷり降車し、鉄道保安官事務所にヤクザと共に出頭したのだが、車掌は久里浜まで乗車任務があるので、任務終了後出頭するという。S氏は、他の乗客に迷惑がかかっても悪いので、JRの規則に従って列車は数分遅れで保土ヶ谷駅を発車したそうだが、取調べは長引いた。
 勿論S氏は正当防衛だと信じていたそうだが、“殴られたヤクザ”の歯が折れていたらしく、傷害罪とその弁償問題でまとまらなかったという。やがて保土ヶ谷警察署に舞台は移り、夜遅く、乗務を終えて参加した車掌の証言で、S氏は無罪放免になったのだが、その間、帰宅が遅くなったため家族や事務所は大騒ぎしていたという。
 S氏は、深夜2時に無罪解放になったそうだが、警察はパトカーで自宅まで送ってくれはしない。結局保土ヶ谷から鎌倉まで、深夜料金を自腹で払ってタクシーで帰宅した。
「先生、私はこれだけの実損で済みましたが、正義を実行することがいかに高くつくか、タクシー代はともかく、失った時間だけは回復できません。その上、人権弁護士がしゃしゃり出てきて、傷害罪で訴えられたら、勝つとは思ってもその間に浪費される金と時間と労力、それに私のような商売では、スキャンダルになりかねない。それを考えると、みて見ぬ振りする日本人の多いことも納得です。とにかく、正直者がバカを見るこの国の法制度が最大のネックだと痛感しました」と彼はしみじみ語ってくれたのである。
 車内の治安、売上金損失防止?に絶大な協力をしてくれた一乗客に対して、JRが感謝状を出してくれたとも聞いていない。非常警報装置が取り付けられ、車掌への通報制度が定められていることは十分承知している。特に9・11テロ以降、「不審な荷物」などに対して、協力を呼びかけているものの、実際に「協力」したらどうなるのか?私には分からない。
 10年前、家内が引ったくりにあって警察に届けたところ、現場検証などで随分時間を取られた上、調書に「年齢」を書かされた!とお冠だったが、その後引ったくりがつかまったのかどうか、一切連絡はなかった。多分下っ端警官は、調書を作成するという「仕事」をこなして満足だったのだろう。それとも「つまらない仕事だ」と不服だったのかもしれない。犯人を捕まえることよりも、調書を作ることが優先しているのではないか? 警察の検挙率が甚だしく低下している原因がどこにあるのか?
 いずれにせよ、「人権だ!」「個人情報保護だ!」などと、被害者よりも、加害者のほうを大切にする奇妙な風潮がそれに拍車をかけているのは事実である。
 謡曲「鉢の木」の佐野源佐衛門ではないが、現代日本人男性から「いざ鎌倉」の精神が失せていきつつあることは間違いない。
 コメントに体験談を寄せられた方々は、絶滅寸前の“希少生物?”並みの貴重な存在だと私には思えてくる・・・

F−2問題に関する「ウィーン人」氏へは、またいづれ書くことにするが、雑誌「丸」や、「航空ファン」誌などに以前所見を書いているのでご参照あれ。