軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

今年の靖国参拝の印象

 15日、黙祷を捧げた後自宅を出て、一番暑い午後2時に靖国に参拝した。人の波は引きもきらなかったが、若い人たちが目立ったのが嬉しかった。参拝後、木陰で休憩していると奉賛会の方から麦茶の接待を受けた。周りの人たちが「戴いていいのですか?」と喜んで受け取ったが、生き返った気がした。
 この暑さは、特に御老体には厳しかったことだろう。三重から来たという御婦人は、初めての参拝だったそうだが、感動したと言い、「安倍総理は来ないのでしょうね?」と聞いた。「多分」と答えると、「それより天皇皇后両陛下に来ていただきたい!」という。「雅子様も来れば直るかも・・・」とつぶやいたが、これが平均的国民感情ではなかろうか?「いい体験をしました。来年も必ず来ますから、ここでまたお会いしましょう」と勝手に約束して別れたのだが来年お会いできるかどうか・・・。
 毎年思うのだが、旧軍服を着た一団が、参拝者を掻き分けるようにラッパを吹きつつ行進して参拝している。気持ちは分からぬでもないが、どうもしっくりこない。仮装行列のようで私には馴染めないのである。
 ところが今年は、その一団の後ろを、ぞろぞろと付いて行進する人が目立ち、YVカメラも追いかけている。理解に苦しむ一幕だった。
 九段下駅まで続々と続く参拝者の列には感心した。朝日新聞によると、参拝者数は前年比8・5万人減の16万5千人だったという。昨年夏に小泉首相が参拝したときは25万人だったから、8・5万人減ったというわけだが、それにしても神社一箇所に16万人とは驚くべき数字ではないか?国民の熱意が感じられるというものである。
 松島基地司令時代に、基地航空祭に16万人集まったので町も警察もお手上げだったことがあるが、これはT−2ブルーインパルスと、次期T−4ブルーインパルスが同時に見られ、しかもT−2はこれが最後だというので、全国からファンが駆けつけたのであったが、通常松島基地航空祭入場人員は平均5万人である。だから16・5万人がどのような数字かわかろうというもの、この国民の“熱意”が読み取れない政治家は、政を担当する資格はない、と言っても過言ではあるまい。
 靖国参拝を強く支持していた安倍氏が、首相になった途端“変節した”として、落胆失望の声は大きいが、確かに「曖昧戦術」は、腰が引けた「弱腰戦術」に瓜二つで、敵対勢力の士気が大いに高揚したことは否めない。
 またまた、防衛省人事でご難続きの安倍内閣だが、総理就任時に「見事に膨らんでいた風船」が、いまやどんどん「しぼんで」いる様に思えてならない。破れていないだけまだまし?だが、そのうち修復不可能になる恐れもある。そうなれば、特定アジア諸国のみならず、同盟国からさえも見限られる恐れなしとしない。八方美人を狙った結果、虻蜂取らずにならぬよう、しっかりした「軸線」を確立して欲しいものである。
 15日の朝日新聞は、一面トップに「靖国自粛の夏」として「靖国神社の政治風景がすっかり変わった。終戦記念日には90年代初めまで毎年10人を超す閣僚が参拝し、昨年は当時の小泉首相が自ら参拝した。ところが、参拝支持派だった安倍首相が「行くか行かないか申し上げない」と繰り返し、参拝を見送り。参院選大敗で閣内の自粛ムードにも拍車がかかり、閣僚の参拝も一人だけだった。A級戦犯分祀論など問題解決に向けた論議も下火となり、靖国を巡る『政治熱』は急速に冷めつつある」と書いた。
 肝心な中国と韓国などが、今年の靖国問題では“無反応”だったせいか、報道ミスで安倍総理と対決していた朝日にしては、何と無く「勝ち誇った?」論調でもなく、かといって「非難」論調でもない。最も「全閣僚参拝せず」という報道が出た時点で、既に勝った!と意識したからであろう。「分祀論議」が停滞気味なのを不満に思っている様子はありありだが、次に控える安倍内閣「起死回生?」の内閣改造人事に関心が移っているからかもしれない。
 朝日に代表される靖国参拝反対派のみならず、声なき参拝推進派の国民も、今後の安倍総理の決断を凝視していることを忘れてもらっては困る。
 防衛大臣事務次官の確執は、日米関係と沖縄問題が絡んだ安全保障上の重大問題である。国家安全保障重視の姿勢が内閣改造人事でどう現れるか。
 国民の多くが期待している「戦後レジームからの脱却」「美しい国づくり」という目標が、色あせないことを願うのみである。