軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

敵前逃亡は許されない!

 午後から都心で友人と会う約束だったが、正午過ぎ、安倍総理辞任のテロップが流れ、我目を疑った。午後2時からの最後の記者会見を見たが、素人目にも総理は「完全なうつ病」だナと思った。目に光がなくうつろである。これは脳の働きが低下している証拠で、十分な睡眠をとらせて、静養させる必要がある鬱の症状である。高高度飛行時に酸欠になる症状に似ていて、酸素吸入が必要だと感じたのである。

 実は、参院選大敗後の安倍総理の言動には、聊か気になるところが散見されていた。発言が整理されていないように感じたからである。静養を取る筈の夏季休暇も、参院選でそれどころではなかったろうし、身内からの“反乱”は、育ちが良い安倍氏としては初体験ではなかったのだろうか?相当ショックだったに違いない。
 官邸に登庁するおなじみのシーンをテレビで見ていると、次第にその様子が顕著になっていったので、東南アジアや豪州などに連続出張するのはいかがなものか?と感じたのだが、私は医者ではないし、何よりも「若いから」多少の無理はこなせるのでは?いや、それ位は総理として当然だ、と勝手に想像していた。多分、政府専用機内で、首相の接待にあたった自衛官のうちには、何と無く「総理の健康上の異常」を感じ取っていた者がいたに違いない。

 戦闘機操縦教官の経験が長かった私は、訓練に飛び立つ前の学生の健康状態を、目の動き、肌の色、表情の中から読み取り、今日の訓練飛行に関する「準備不足」による不安定さなのか、それとも「健康上の」理由からくる不安定さなのかを見極める必要があったから、学生や部下達の「健康状態」を把握してきた職業病?からか、相手の「眼力」が気になるのである。最も、剣道の試合でも、相手の「眼力」を読み取り、その腕前を判断する癖がついているから、私にとってはそれはごく自然な「観察法」になっていたのだが、ここのところ安倍総理の「眼力」は光を失っていて危険状態にあった、と思っていた。
 専門的な欝の症状にはいくつかあるが、総理の場合には「強い罪責感」が現れる症状ではなかったか?と思われる。神経医学の専門書にはこうある。
うつ病になると、ほとんど根拠なく自分を責めたり、過去の些細な出来事を思い出しては悩んだり、一つのことをくよくよ考え込んで、何回も何回もほかの人に確認をしたりするようになる。この状態が進むと、会社として抱えているプロジェクトがうまく進まなくても、不況で会社の成績が落ちているにもかかわらず全てが自分の責任のように思えたり、世の中の不況まで自分のせいだと妄想的に思いこむようになったりする」
 
 多分、テロ特措法に身体を張った安倍総理としては、若し失敗したらどうしようか?ブッシュ大統領からなんと言われるだろうか?などと気になって仕方がなくなり、かといって相談するにも気心が知れた相手も居らず、どんどん落ち込んで解決のめどが立たなくなったのではないか?と思われる。
 そのような症状に陥る原因には、幼少時から少年期、青年期を通じて、周辺から「きつく指導されることなく」常に大切にされて、全てが「意のまま」になってきた生活環境から来るものが多い、と思う。早い話が「お坊ちゃま育ちの弊害」である。よく3代目に現れる、と世間では言うがそれは正しのであろう。
 かといって「育ちが悪い」者ほど金や女に対する欲望が強いので、これとは違った間違いを犯しやすいのだが、純粋培養経験者ほど意志が弱く「弁慶と戦う牛若丸」のような若武者が出る確率よりも、「蛇に睨まれた蛙」のように挫折する者が多い。即ち「エリートの弱さ」である。
 私はそんな安倍総理の表情の変化を少々不安に感じながらも、“若い”安倍総理は毅然として「テロ特措法延長に政治生命をかけ」、理不尽な野党の攻勢と断乎として戦い、最後に「超法規的対応をとっても」刺し違えてこれを成立させる心構えだろう、と読んでいたのだが、まさか“敵前逃亡”するとは予想もしなかった。
 更に、辞職理由が不明瞭であったことから、他にも悩み事があったと想像されるが、そんなことはこの際どうでも良い。国際情勢は日本の政治状況が安定することをじっと待っていてはくれないから一刻の余裕もない!。自民党は直ちに修復作業にかからねばならない。

 それにしても戦後生まれの日本人、特に“男性”は、なんとも虚弱になったものだと正直裏切られた気分である。
 実は、8月15日の靖国参拝が第一のバロメーターだったのだが、参拝を「回避」した時点で不安が増大した。「自らが信ずるところを実行しなかった」責任はあまりにも大きかったからであり、これを見た多くの支持者が「離脱した」ことを体感したからである。靖国の英霊もお怒りになったことだろう、とあの日私は境内で強く感じ失望したのである。それは英霊が戦った「特亜諸国」の軍門に下ったことになったからである。英霊は裏切られた!と涙したことであろう。
 しかし、戦後レジームからの脱却、美しい国づくりの火が消えたわけではない。勿論「後者の著者として安倍氏の権威」はほぼ消滅したから、今後の売れ行きは鈍るだろうが、誰かの手で戦後呪縛から脱却する施策を続けてもらわねば困る。一部にはこれは「政界再編の予兆だ」という声もある。

 先日このブログにテロ特法の延長問題を書き、11月1日が「凶と出るか、吉と出るか、静かに見守る」と書いたが、この国の政治が混乱している間に、10月の韓半島首脳会談では「サプライズ」が起き、中旬の中国全人代でも「サプライズ」が起きる公算がある。
 挙国一致内閣の夢は潰えたかに見えるが、日本人の底力を発揮して、速やかに政情安定を図り、国際的変動に対処できる体制を作って欲しいと思う。井の中の蛙コップの中の嵐は一日も早く終結して欲しいと願うばかりである。