軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

数の論理?

 今朝の産経新聞「正論」欄に、八木教授が「集団自決と検定」問題について、先日の沖縄県民集会報道を「数を頼んだ政治的圧力」と評し、「日本軍の『命令』や『強制』によるものとする見解に有力な異論が近年提出されるに至っており、検定意見もそのような意見に配慮し『正確』を期そうとしたものだ。数を頼んだ政治運動で『正確』さを犠牲にしてはならない」と書いたが全く同感である。
 与党が数を頼んで「強行採決」すると、民主主義の横暴だとか何とか叫ぶ陣営が、自分のデタラメに頬被りする姿は見苦しい。
 朝日新聞などが報じた当日の写真が唯一の証拠だとは言わないが、いわば「現場証拠」であることに変わりないから、色々な方法でそれを分析して、参集者数は11万人どころか1万8000人、多くても2〜3万か?といわれているが、いまや、偵察衛星で敵の戦力をかなり正確につかめる時代、デタラメ報道は自らの首を絞めることになろう。
 ところで、我々航空自衛隊では、全国各地の基地で例年「航空祭」を実施し、国民に一年間の訓練の様子と広報を実施している。私が三沢基地司令時代に、事故で展示が中止されていたブルーインパルスが来るということで、全国からファンが駆けつけ、基地が人で埋まって身動きが取れなくなったことがあった。隣接する米軍司令部から、司令官が祝賀会場まで来るのに時間がかかり、やむを得ず、地上展示してある航空機(立ち入り禁止地区)を通ってきたものであった。

 午後一時の時点で入場者数・34万人と報告が来たからそれを記者団に発表させたのだが、実はその時点で基地内が大混雑したため、パニック?に陥った米軍の警備隊が「ゲート・クローズ」して入門を止めていたから、混雑は三沢市内にまで広がっていたのである。航空祭が午後3時に終了し、お別れの“蛍の光”を流しているのに、正門前は退場する見物客と、今から入場する客とが交差する有様で、正確な入場者数は40万であったが、私は敢えて「修正」しなかった。「20万ガロン」ではなく「80万ガロン」だと気がついたのに報告しなかった当時の海幕防衛課長と一緒にされては困るのだが・・・
 翌日「入場者・34万人・・・」と新聞が報じると、真っ先に電話してきたのは三沢市長であった。
「司令さん、昨日は34万人だったそうだが本当か?」というのである。青森市で県知事主催の会議に出席するため、ブルーインパルスの展示が終わる直前に基地を離れた市長は、三沢市の北の「みちのく有料道路」にたどり着くまでに時間がかかり、会議にはとうとう遅刻したそうだが、「私の勘では40万は軽く越えていたと思う。とにかく異常な混み方だったから」というのである。
 そこで私は「実は午後一時に公表した時点では34万人だったのだが、その後の入場者数を足すと、市長の勘どうり40万人だった。しかし見込み発表はするな、と指示していたので、改めて修正する気はない」ことを告げた。その後青森銀行の支店長からも「人口4万人の三沢市が一日でその10倍の人口になったのだから、8億の現金が流れ込んだことになり、航空祭の経済効果が如何に大きいか」といわれたことは以前書いた。
 たまたま今年の航空祭を報じた「三沢基地新聞」が届いたが、今年は「9万人の航空ファン」が集まったとあった。その様子を伝える写真が次の2枚である。
 勿論ここは飛行場のランプ地区で、その後ろにある日米共同の「バザール会場」など、周辺一体に観衆が詰め掛けているのだが、それは写ってはいない。「立錐の余地なし」なのは、飛行展示を見るのに、座っていては見えないし、座れば邪魔になるからである。これで9万人と控えめ?なのだから、先日の会場の写真がいかに水増しか分かろうというもの。いずれにせよ、真実を正確に伝えるべき報道機関が、「主催者」の指示に従って数の論理で主催者側の主張をごり押しするのはいかがなものか、と私はいいたいのである。
 先日も書いたが、これでは新聞各紙が最も忌み嫌う「大本営発表」と変わらない。そのうちに新聞各社の「発行部数」の水増しも問題になり、広告が取れなくなりかねないだろう。
 言いたいことは、沖縄の主催者は「数で事実を歪曲するようなごり押し」を止めて、自決の真相を共同で調査する姿勢を持って欲しいものである。

 ところで、親しい友人から、下記のようなメールが入っていた。エコノミスト誌が「テロ特措法」に対する日本政界の混乱を戒めたものである。御参考までに掲載しておきたい。


  Economist 2007年10月20日号 (Leaders)

  Japan Don't furl the flag「国旗をたたむな日本」(2007年10月18日)
◆日本の自衛隊は自国の政治家からのもっと強力な支持に値する(Japan's soldiers deserve better support from its politicians)

 日本は陸上、海上および航空自衛隊を世界の紛争地域に派遣し始めて以来、初めて恥ずかしい退却のラッパを吹こうとしている。6年前からアフガニスタンの対テロ作戦を支援するためにインド洋に配備されてきた補給艦と護衛艦は、11月には彼らの役割について政治論議が巻き起こっている日本に帰還する予定だが、この政治論議が長引くと予想されることから、帰還した自衛隊は何カ月も港から動けなくなるだろう。さらに悪いことに、これによりタリバンに対する重要な戦いである「不朽の
自由作戦」における日本の役割が終わってしまう恐れもある。つまりは、これが自国のことだけに没頭し、他国に困難な軍事行動を任せきりにして恥とも思わない旧来の日本なのだろうか? 
 補給艦に関する政治論議は国際社会において日本がどんな役割を果たすべきかにつき信頼の危機を引き起こしている。しかし運がよければ、この論議は日本の有権者、近隣諸国や同盟国に、日本が勝手に戦線離脱をした場合、各国が何を失うことになるかも気づかせるだろう。
 米国との安全保障で守られてきた日本は、1991年の湾岸戦争のときにその金銭外交では影響力の増大も感謝も得られなかったことを認識し、あわてて姿勢をただしはじめた。
 それ以後、北朝鮮のミサイル発射テストによる威嚇やライバル中国の艦船、潜水艦および航空機の軍事能力の強化(さらに台湾に向けてのミサイル増強)に対応し、日本は米国との軍事協力を強めるようになった。過去15年間、日本は様々な国連の平和維持活動にも自発的に参加してきた。
 しかし9・11の同時多発テロ発生後、日本の自衛隊――SDF――(平和主義的憲法を迂回するために使われる軍隊の婉曲表現)はさらにはっきりした形で各地に派遣されてきた。
 インド洋を遊よくする補給艦の他にも、日本はイラクでの復興支援に陸上自衛隊を、また後方支援に航空自衛隊員を派遣してきた。さらに日本の艦船や航空機はインドネシア津波発生後やパキスタンの震災被害地での救援作業に参加してきた。最近ではオーストラリアと、またそれ程ではないもののインドとも軍事的連携を強め、さらにNATOやEUへの接触も深めている。
 日本政府にとり、こうした軍事的取り組みの範囲拡大は明確な外交目的を持っている。
 日本は国連安保理常任理事国入りを望んでおり、それにふさわしい資格がある証の1つとしてより困難な安全保障面の役割を負担する用意があることを示しているのだ。
 その軍事力を同盟国や国連との協力体制にしっかり組み込んだ上でより目覚しい国際的役割を果たせば、警戒感を抱かせることなく、台頭する中国や自信をつけてきたロシアに対抗して日本の影響力を増大させることができる。
 ほとんどの日本人が今までのところ、自衛隊員が遂行してきた任務には好感を持っている。その理由の1つは、自衛隊が危険な地域に国旗を持ち込みながら、他国軍の護衛のもとで死傷者を出していないことだ(ただし勇気ある日本の外交官が数人、命を落としているが)。
 しかしこうした支持は、日本のよく訓練され貢献してきた自衛隊が撤退を命じられないように望むもう1つの理由だ。(・・・・以下省略)
 我民主党議員各位によく読んで欲しいものである。


 何はともあれ、テロ特措法の足を引っ張る前防衛事務次官のスキャンダル問題は、どうも巨大な疑獄事件?に発展しかねない様相を呈してきた。誰が後ろで糸を引いているのか興味があるが、消去法で分析していくと“誰か”に行き着く。これは単なる役人個人の問題ではなく、いつもどうりの「政界を巻き込んだ」スキャンダルだと思われるが、特捜はどこに落としどころを持っていくのか?
 専門家の田中森一氏に意見を聞きたいものだが、元戦闘機乗りの一人としては、何をさておいても、われわれが命をかけて訓練している武器を「おもちゃ」にして、うまい汁を吸っている輩に対する怒りである。この際、徹底的に膿を出して、政治家や官僚の代表的な言い訳言葉「二度とこのようなことがない様に」すべき問題である。

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