軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

異例の“定年”退職

昨夜は、チャンネル桜の収録半ばで「田母神前幕僚長、本日付で定年退職」というメモが入った。役所らしい姑息なやり方だな〜と一瞬感じたが、深夜のTVで、田母神氏が“背広姿”で記者会見しているのを見て心中複雑だったろうが、一つの仕事をなし終えた、ご苦労さん!といってやりたかった。

 彼は主張を貫き、「国家国民のためにという信念に従って書いたもので、その結果、解任になったのは断腸の思いだ」と述べたが、「国家国民のために」噛み砕いて書いたのであって、決して「学術論文」ではないのだが「木を見て森を見ない」一部の者が騒いでいる様だ。
 彼は解任されたことが「断腸の思い」と言ったが、戦後60年余、自衛隊創設後半世紀を過ぎたのに、国防に関して肝心要の防衛省などの意識はまだこの程度の認識だったのか!という「断腸の思い」だったに違いない。
 国民の歴史認識も相当向上しているに違いない、と読んだ彼の判断が、意外にも「時期尚早」だったという読み違いだった「自身の判断」に対しての反省ではなかったのか?
 確かにその点は判断が甘かった!と私も考える。
 私の限られた体験からしても、とかく“そんな憂国の士達”としょっちゅう交流していれば、別な意味で「情勢判断」を誤りやすいものであるから…。
 制服を脱いでも「黙して語らない」高官が圧倒的で、平間、志方先輩などはまれな存在である。しかし、OBの発言力には限界があって、やはり今回のような「現役」発言の足下にも及ばないことを痛感する。

 栗栖陸将、竹田空将など、現役時代に口封じされて制服を脱がされた高官たちも居たが、今回は戦後育ちの防大卒、そのインパクトは大きかったに違いない。だから“反日左翼”的言辞を弄するメディアは、自分達にとって一大危機だと感じ、口封じに走ったと思われる。

 例えばこのブログのコメント欄を見ているだけでも、世の中の一側面は良く分かる。個人的意見の相違があるのは常識だが、同じ「憂国の士」であっても、互いの足を引っ張るのに快感を覚えている者が目立つのであり、不思議なことに「民族派」ほど一致団結できないグループも珍しいのである。
 そこを狙って「工作活動」が侵入するのだから、水面下で何が起きているかは「自身の分析と判断」に頼る以外にはない、と私は思っている。

 きっと、そういう点では今回の彼の「情勢判断」は甘かった、と彼が断腸の思いがしたとしてもやむを得まい。しかし、一連の動きと“最後の”記者会見までを一貫して分析すれば、田母神前幕僚長の今回の行動は、戦後の澱みきった日本社会に実に大きな石を投げ込んだ、と評価できる。
 その証拠に、各方面のメルマガやブログで、侃々諤諤の意見が飛び交ってるではないか。経済社会情勢に詳しい方々の集まりである宮崎正弘氏のメルマガでも、内容に無関係?と思われる真剣なコメントが寄せられているのがその証拠である。

 ところで、私が気にしているのは、更迭された田母神氏に対する防衛省の“仕打ち”である。
『前空幕長異例の定年退職』『防衛省・会見難色、発令繰上げ』という4日付の産経記事によれば、防衛省は3日に「定年」退職とする人事を発令したが、「空幕長の定年は62歳だが、田母神氏は10月31日付で空幕付となっているため、『空将』の定年である60歳が適用されると判断した」という。
 いかにも小役人的な定年の取り扱いに関する処理は良いとして、問題はその後の『仕打ち』である。
 記事によると「田母神氏と防衛省側は当初、4日付の退官で合意していた。しかし、田母神氏が退職に当たって論文の真意を防衛省内の防衛記者会で会見して、弁明する意向を示したため、急遽退官日を休日である3日付に繰り上げた。これを受け、田母神氏は3日に防衛記者会で会見を行う動きを見せたのに対し、防衛省側は退官発令を理由に同省への登庁を禁じた。田母神氏は、防衛記者会幹事社の時事通信本社で同夜、会見を開き、『国家国民のためにという信念に従って書いたもので、その結果、解任になったことは断腸の思いだ』と述べ、更に『(制服のトップとして)このくらいのことを言えないようでは、民主主義国家とはいえない。政府見解に一言も反論できないなら、北朝鮮と同じだ』などと主張した」という。


 このブログに既に一部書いたと思うが、私が広報室長だった時、日航機が御巣鷹山に墜落して、520人もの尊い犠牲者が出た事故があった時、『いわれなき非難』が航空自衛隊陸上自衛隊に向けられたので、私は『上司の諒解を取って』これに反論したことがあった。時の加藤紘一長官は、これを更に雑誌『文言春秋』で詳細反論するようにと指示したのだが、私は一空自の「広報室長」に過ぎなかったから、現地指揮官であった増岡(陸将)、松永(空将)のお二人のご意見を優先すべきだ、と断った。

 その後周辺は奇妙な動きになり、突如私は三沢(本当は千歳の高射部隊)に転出させられたのだが、その時のドサクサと少しも変わっていない。
 栗栖統幕議長更迭の時もそうであった。異常なほどの記者会見妨害、これが30有余年間も身命を賭して奉職してきた『防衛省』の、自衛隊トップに対してとるべき処置だろうか?
 何とも早“いじましい話”で、子供じみているところは、栗栖陸将更迭劇以降、少しも変わっていないと痛感する。漸く「省」になったのに、これじゃ「ショウがない!」

 この役所は、今まで「幕僚長!」と慇懃無礼に接していたにもかかわらず、一夜過ぎるとこの有様、「罪人扱い」なのだから・・・
 栗栖統幕議長の時も、後任を『拒否すべし』という意見が部内にあったらしいが、やすやすと後任者があとを継いだので、部内では顰蹙を買ったものである。果たして今回はどうか?「猪突猛進、支離滅裂」な空自だから果たして?

 金丸長官に退官させられた栗栖陸将はその後『孫の子守』をしていたから、それを知った民社党が候補者として立候補させたが落選、栗栖元陸将は有志の支援で飄々と研究活動に余生を捧げて逝った。
 葬儀の席で「自民党自衛隊を自分が自由にできる『票田』としか考えていない。国家防衛など眼中にないのだ!」と怒りの声が多かったが、今回の防衛省の田母神氏に対する処遇を見ても、当時と少しも変わっていないと痛感する。小役人らしい処遇、蚊帳の中でガキ大将が威張りくさっている構図だが、この『更迭劇の速報』は、既に世界中の軍事関係部門、対象国はもとより、特に米軍は詳細な分析を始めている。同盟国として頼りになる存在か否かと。
 その米国では、今日次期大統領が決まる。世界は激動の時代に入る。

 “空軍参謀総長”のクビを取った日本のメディアにとっては、今回の幕僚長更迭劇に対する近隣アジア諸国の反応が『いまいち!』だったのは意外だったことだろう。教科書誤報事件での反応、靖国参拝での反応、それを期待したのだろうが、その点では国民も当時とは随分変わって来ているし、第一、近隣諸国は公式的な「非難声明」の裏で、田母神氏のような“軍人”の出現を恐れつつ、胸中では彼をを高く評価しているに違いない。10年前、某国高官は、何でもご注進してくる日本の「チョウニチ新聞」を嘲笑したが、本物の軍隊を持つ、常識的国家ならば、それが全うなことなのである。今回の反応は実に興味深い。“近隣アジア朝貢新聞社”は、今回の反応に内心焦っているのでは無いか?親に捨てられた子供のように・・・
 次回の北京・上海での日中安保対話が楽しみだが、本物の軍隊を持つ彼らは、日本のメディアなどとは全く違った分析をしているに違いない。
 今回の例から見ても、自衛隊にとって真の敵は「外敵」ではなく、悲しいことに「国内」の一部に潜んでいる連中だというべきなのかもしれない!

 防衛に関する政界や報道界の理解の程度は百年一日の如し、いや、徐々に退化しているように感じる。まことに困ったものである。
 とまれ、一石は投ぜられた。彼は1時脳梗塞をわずらって重体と言われたのだが、天は彼を助けた。そして立ち直って今日まで立派に空自を纏め上げてきた。
 その彼の「自ら自由にならない」表情をことさらカラー写真で大きく取り上げる、表面上は「人権派新聞」の性根は実に薄汚い!これが身体が不自由な一般人を取り上げたものだったら、直ちに抗議が殺到し、平謝りすることころだろうが。この新聞社は、自衛官に対しては「人権的配慮」は無視するらしい。偽善である!
「敵は陣中にあり!」を彷彿とした今回の騒動であった!

三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33)

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自衛隊よ胸を張れ

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占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎 (朝日選書)

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朝日新聞の戦争責任―東スポもびっくり!の戦争記事を徹底検証

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戦争は無くならない (1984年)

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