軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

操縦は天性である!

 友人のジャーナリストの葬儀に出て、つくづく人生を考えさせられた。宗教の本質もさることながら、家族とは何か、友人とは?など、人間70年も生きると、やはりそこに行き着くのかもしれない。

 今回は、50年間仲間として付き合った友人が音頭を取って、思想信条を同じくする方たち15名が集まったささやかなものではあったが亡き友人にはこの上ない喜びだったであろう。日露戦争の時、明石機関の一員として、レーニンに機密費を直接手渡した方のお孫さんである。貴重な資料を基に歴史の隙間を埋めていた彼が突然他界したのは昨年11月、残念ながら貴重な原稿は失われたようだ。こうして歴史の真実が消えていく。何とも悔しいかぎりではある。

 
 そんなことで記事更新もままならなかったが、コメントの中の≪音泉≫氏が、パイロットを目指しているので何か“助言を”と書いていた。

 たまたま古い日記を整理中だったので、お役に立つかどうかはしらないが、その中から目に付いた物を掲げておこうと思う。
 昭和39年5月、操縦要員として幹部候補生学校に“残留”し、種々の訓練を受けていた我々28名は、10日間にわたる陸上自衛隊習志野空挺団での落下傘降下準備訓練を終了し、防府基地静浜基地の二手に分かれていよいよ操縦コースに入った。私は静浜組だったのだが、幹部候補生学校を旅立つ際、井村中隊長は、
1、俺は静浜(防府)の学生である、という強い意識を持て!
2、教官の言は100%聞け!
3、自分自身をコントロールせよ!
4、操縦学生のうちは自分の腕を過大評価せよ!(自信を持て)
 野呂第二教育部長は、
1、操縦は人格であり芸術である。人がそのまま現れる。欠点を直し完全になれ!
2、操縦にも「段」がある。自分でつけて自分で判断せよ。
と餞の言葉をくれた。
 その後「自分自身をコントロールすること」「操縦は人格である」は実に名言だと思った。義父・寺井義守(海兵54期・操縦)は、「操縦は武道そのものである」と言った。


 静浜に着き入校式で、東條団司令は、
1、航空自衛隊をリードする気構えを持て。
2、心の姿勢を正せ。色気を出すな、己に勝て!
上田飛行群司令は、
1、ファイトを持て
2、謙虚な気持ちを持て
3、10名が一致団結し落伍者を出すな!
 ノモンハンの勇士・西原飛行隊長は、
1、小手先で覚えようとすると辛い。
2、自己との戦いである。安易に着くな、初心を忘れるな!
3、自立心、自制心が大切。
4、やる気がない者は教育できない。波長を合わせよ!
5、操縦教育は冷酷である。神経を太く持て。細くては困る。
6、人間は苦しむと一人前になる。勉学に励め!
7、パイロットである前に軍人、社会人、日本人であることを忘れるな!
8、団結!
と訓示した。操縦課程は実に厳しかったが、3次元の世界はそれ以上に厳しく、かつ壮大だった。3次元の世界、戦場の厳しさを知り尽くした「大戦経験者」の言葉には千金の重みがあった。


 飛行教育の合間に、先輩方からお話を伺った。昨年亡くなられた荒井勇次郎先輩は、
1、操縦は天性である。うまくいってもうぬぼれず、失敗しても悔やむことはない。ただし努力は必要である。
2、自らの体験から言えば、結局「几帳面な性格のもの」は生き残っている。
と言った。これも義父・寺井義守が「霞ヶ浦での飛行教育」「シナ事変」「大東亜戦争」と続いた実戦の体験として、「几帳面な性格の者」が結局生き残る確率が高かった、と言ったことに通じる。


 私の34年間のつたない体験から見ても、「几帳面さ」は3次元の世界で生き残るための基本だと思っている。
「天性」とは生まれつきの性質のことで、「死ぬまで直したり変えたりすることの出来ない性質」を言うが、航空自衛隊という「予算と時間に制約された組織」では、厳重な検査や試験でふるい落とし、極力効率的に「戦力」を蓄える必要があるからその点は確かにそういえるだろう。そのために「航空適性検査」が厳重に行われる。
 長時間かければ誰でも操縦は出来ないことはないが、それでは「国家防衛」に間に合わないからである。

 私の同期生(防大7期)は小原台を125名卒業したが、幹部候補生学校には120名しか来なかった。つまり5名は任官拒否だった。その120名が各種の検査試験を受けて30名になったが、半年間に2名がコース免になり28名がコースに入った。
 そして2年後、ヘリコプターに3名、レシプロ機に2名、ジェットの15名の合計20名がウイングマークを胸につけることが出来た。その20名は“ラッキーセブン”だったからか、一名の殉職者も出していない。


 戦闘機操縦教育では「判断力」「先見性」「闘志」が重視される。「判断力」は操縦者必須のものである。急変する天候気象状況の中で、雲の上を行くか、下を行くか、誰も教えてはくれないし、躊躇している余裕はない。「上」か「下」か、瞬時に判断して行動する。その結果「死神」に招かれたら、己の修行が足りなかったのである。
「先見性」とは、次にどう変化するか?という「相手の動き」を読むことである。「相手」には自然環境も「敵操縦者」の行動も入る。つねに「ここで何かが起きたら、どう行動すべきか」の基準になる。危機回避意識と密接に繋がっている。
「闘志」は言うまでもない。特に戦闘機乗りには「見敵必殺」、歯向かってくる者は“叩き落す”闘志が要求される。ゆっくり話し合いで解決・・・などしている暇はないからである。

 しかし、いずれにしても「健康」が第一、健全な体、人間の五感を司るものの「性能維持」、特に情報の80%以上を入手し、判断力の基礎となる視力は大切である。操縦は天性だが、普段の意識で十分補完できるものでもある。しかし、いくら天性に恵まれていても、体が不具合だとそれを開花することは不可能である。健康維持に意を用い、難関を突破して欲しいと思うしだい。

戦う操縦士 (サン=テグジュペリ・コレクション)

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空戦 飛燕対グラマン―戦闘機操縦十年の記録 (光人社NF文庫)

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坂井三郎の零戦操縦

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自衛隊エリートパイロット 激動の時代を生きた5人のファイター・パイロット列伝 (ミリタリー選書 22)

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国際軍事関係論―戦闘機パイロットの見つづけた日本の安全

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