軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

全員の無事を祈る

 すったもんだの末、漸く14日に護衛艦「さざなみ」と「さみだれ」が呉を出航した。麻生総理と浜田防衛大臣が見送りに行き、総理は「任務を果たし、全員無事で帰ることを心から祈る」と訓示したが、乗員約400人とその家族はどう思ったか?
 信じることや祈ることは各人の“自由”であり結果は自己責任だが、政治は「現実」である。祈ってもその通りになるとは限らない。仮に「万全の備え」をしていてもそうであるから、おっとり刀の場合は尚更である。万一の際に誰が責任を取るのか?


 幕末の熊本藩士・横井小楠は「天下のことはすべからく第一等の計画を取るべし。断じて第二等の手段に出ずる勿れ」と言った。

 政府は、活動の根拠たる海上警備行動では「日本関連船舶しか守れないこと」「武器使用上不備があること」から、「海賊対処法案の早期成立を目指す」そうだが、政治の現状ではまだまだすんなりと成立するかどうかさえ不明である。

 麻生総理は「事が起きてからでは遅い。一日も早く法案が成立するよう頑張らないといけない」と記者団に語ったそうだが、既に出航した400人の隊員たちにとっては、「そんなの関係ない!」といいたくなるだろう。彼らは自分の持ち場を意識し、その任務達成に命を懸けている。政治家には一日も早く国会で「任務達成」してほしい。

 彼らは二週間かけてソマリア沖に着くが、その航海中にも揺れる艦上でさまざまな訓練をしておかねばならない。法案の内容は知っているにせよ、「シビリアン・コントロール下」にあるから、「先制訓練」は出来ないだろう。
 新法が通った時、その訓電を受けてから「訓練」するようでは、現場に迷いが生じて的確果断な処置は取り難い。
稽古しなくとも“強い”朝青龍並みとは行かないのである。
 自衛隊という、武装集団の日常がどんなものであるのか、全く体験もしたことがない方々には、現場指揮官の苦労は想像できないだろうが、「百年兵を養うは、一日これを用いんがため」なのであって、国家戦略に基づいて予想される事態に備えて営々と訓練を継続して来ているから、有事(仮に災害時でも)役に立つのであって、国家方針が定まらないまま、「とにかく戦え」では勝ち目はないのである。これは学者先生方のよく言う「机上の空論」でもある。


 日航機事故の際、ある“高名な”歴史学者先生から抗議の電話があった。「夜間、なぜヘリコプターが、現場に着陸しなかったのか!」というのである。
「先生は、現場がどこかご存知だったのですか?」と聞くと、「そんなものは有線放送で村に流せば、知っているものが教えてくれる」といい、「ではヘリが降下できる場所は?」と聞くと、「学校の校庭があるだろう」という。どこに学校があるかは別にして「では百歩譲って、その学校の校庭に降りるとして、夜間照明はどうしますか?」と聞くと、「バケツにガソリンを入れて校庭の隅で燃やす」と言ったから驚いた。
 今時「ガダルカナル」でもあるまい。F-86F時代に、ブラックアウト・ランディングといって、飛行場の照明無しで着陸する訓練があったが、それでも風圧で倒れないよう設計された「鉄製のポッド」があり、灯油を入れて着陸接地点に片側5個づつ置いたものであった。
「先生、それを机上の空論と言うのですよ」と“たしなめたところ”、先生は異常に激怒され、「友人が防衛庁の高官にいる!」と脅迫してきた。
 そんな「空理空論」にすがって飯を食っている方が、いい思いをしているのじゃ、現場で汗水たらす隊員たちは気の毒である。世の中、不公平だと思ったものである。
 麻生総理はそんな無責任な「学者先生」ではないから、現実に処してくれるものと期待しているが、期待も祈りも、私の自由だから、口先だけで終わらないように「政治責任」として監視しておくつもりである。


 最も、私が「スクランブル」に明け暮れていた頃は、ソ連爆撃機の23ミリ機関砲に対して、F−86Fの13ミリ豆鉄砲しか持たなかった頃だから、編隊長が撃墜されたら、編隊員は必ず「仇を取る!」と心に決めていた。勿論、自分が撃墜されたら、仲間が仇を取ってくれると信じてもいた。

 正当防衛だか緊急避難だか、そんなものに従っていては分秒単位の空中では生きていかれない。ゆっくり6法全書を引いて検討してくれる「専門家の」裁判官が、着陸後「過剰防衛だ」と宣言したら、自分達は警察に逮捕され、日本政府は「犯人」たる自分らを外務省を通じてモスクワに引き渡すだろうからきっとシベリア送りになるだろうが、それでも仲間から「軽蔑されるほうがよほど耐えられない」。われわれ戦闘機乗りにとっては「編隊精神」のほうが何よりも優先する…。そう信じなければ、武装集団内では生きてはいけないものであった。今でもその状況は何ら変わってはいない…。政治が極端に遅れているのである。
「シビリアン・コントロール」に従って、ソマリア沖に向かっている五島浩司一等海佐は「特に不安も緊張もなく、積極的に臨みたい」と語っているが、指揮官としては当然の発言、覚悟がきまっていると感じたが、五島一佐以下、400名余の隊員諸官が、国民の期待に応えて能力を発揮し、任務を果たして無事に帰国することを信じたい。

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