軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

指揮官交代の是非

民主党内部から首相に対する“反乱”の声が上がっているという。
国会審議のTVに、菅総理の後ろで顔をしかめる桜井充財務副大臣が映っている。彼は心療内科の医師だというから、「首相が今までとってきた行動を後ろから見て変えた方がよければ柔軟な対応をしなければいけない。何でも自分が正しい、こんなに頑張ってきているといっても相手が認めてくれないのだから、謙虚に耳を傾けるという姿勢がないと折り合っていくことができない…」と発言しているが、彼はいつも総理の後ろで症状を「診断」していたのだろう。


確かに今回の大震災は「予想を超える大惨事」だったが、国民は黙々と復旧に取り組み始めているし、自衛隊、警察、消防など、国家機関も懸命に動いている。それどころか、民間企業も続々と支援に駆けつけ、芸能人までが現地を激励に訪れている。粘り強く、お互い助け合う気風を持った東北の人々は、次第にやる気を起こし始めているのだが、この一か月間というもの政府の顔が見えないばかりか、原発対処に不手際続きで、いたずらに風評被害を拡大させている。


戦争でいえば、誰が指揮官なのか、命令を出しているのはだれか、第一線は疑心暗鬼になっていて、士気が上がらず兵たちはやる気を失いつつある状況といえるだろう。70%が首相を信頼していないというが、今このような混乱の時だから指揮官を変えてはいけない、などという意見が聞こえてくる。しかし、ダメな指揮官を放置していればさらに味方の被害を大きくするだけである。
今朝の産経5面上に「菅首相の資質を巡る与野党議員の主な発言」がダイジェストされているが、舛添要一新党改革代表は「こういう大事な時に司令官を代えていいのかという意見もあるが、そのままの司令官だったら戦に負ける。ならば司令官を代えるべきだ」と言っている。

産経新聞から≫

≪現政権がもはや国難…産経から≫


司令官を交代しなかったばかりに、大敗北を喫した代表的な戦例は南雲中将の人事だろう。南雲艦隊は開戦以来真珠湾からインド洋まで大活躍したとはいえ、水雷戦術の第一人者として知られた南雲司令官は航空作戦には疎かったから、ミッドウェー海戦で大敗北を喫した。
日本側の暗号が米側に解読されていたとはいえ、「タダチニ発進ノ要アリト認ム」という山口多門少将の進言を受け入れず、空母赤城をはじめとする主力空母4隻を一気に失う大敗を喫した。
しかし、作戦失敗後の進退は山本五十六連合艦隊司令長官預かりとなり、その後復仇の機会を与えるとして空母機動部隊として再編された第三艦隊長官に任ぜられた。これが“勝敗を度外視した”日本式“温情人事?”なのかもしれない。


他方真珠湾攻撃を受けた米海軍は、ルーズベルトの“陰謀”で職を追われたキンメル大将の後任にニミッツ少将を抜擢している。ニミッツは臨時長官となっているウィリアム・パイ中将がそのまま長官になるほうがふさわしいとして一旦は断ったが大統領は同意せず、12月31日に潜水艦「グレイリング」艦上で太平洋艦隊司令長官就任式が行われ、序列28番目の少将から中将を飛ばして大将に昇進して着任した。着任時に「真珠湾の悪夢は誰の身にも起こり得た事だ」として必要以上の処罰を避け、多くの先輩にも礼を尽くし幕僚陣はキンメルとパイの幕僚を丸々引き継いだ。臨時代行のパイ中将も優柔不断だと将兵たちに不評だったから、この人事は意気消沈していた将兵を奮い立たせた。


私がよく引用する「統帥綱領」に次のような例が書かれている。
≪第1次世界大戦における東プロイセン方面のドイツ第8軍は当初ピンチに陥ったが、軍司令官と参謀長を更迭して、ヒンデンブルグルーデンドルフを登場させるにおよび、一転してタンネンベルヒの大勝を獲得した。13万の敗残ドイツ軍が、わずか二人の首脳が更迭しただけで、輝かしい戦勝軍に一変した秘密はなんであろう≫。
それは≪その人がトップに就任することによて、全組織の人々が奮い立ち、その全能力を発揮するようになること≫であり、≪同じ状況でも、名将はこれをチャンスと見、凡将はピンチと見る≫からだとされる。


残念なことに、今の日本にはヒンデンブルグルーデンドルフがいないことであり、軍司令官と参謀長を更迭する仕組みがなく、全国民を奮い立たせるような名将も不在なことである。


連日、原発を巡る報道を見ていると、昔の東大学園紛争や、あさま山荘事件連合赤軍殺人事件を見ているような気分で、被災者の怒りが爆発しかねないことを憂えるばかりだが、大東亜戦争開戦時の状況を分析しつつある私にとって、今も昔も変わらないもの、それは「政府とはいったいなんだろう?」という疑問である。

政府がなければ国民は生きられないのか?政府があるから戦争が起きるのではないか?など、被災地住民と支援に駆けつける団体、芸能人らの交流、政府を頼らず、町が自主的に仮設住宅を作り、漁民が船を修理している姿を見ていると、無政府主義に近い考えが湧いてくる自分が聊か気になるこの頃である。

≪今回の震災で学ぶべきこと…産経から≫

人間提督 山本五十六〈下〉 (光人社NF文庫)

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南雲忠一 空母機動部隊を率いた悲劇の提督 (PHP文庫)

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ニミッツの太平洋海戦史

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