軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

第2次インパール作戦始動か?

今朝の産経一面トップは、≪「アベノミクス」追い風 経常利益、7割が予想上回る 上場企業の3月期決算≫という見出しで、東証1部上場企業の3月期連結決算で、業績発表を終えた企業の「約7割に当たる943社の経常利益が、昨年4〜12月期時点の会社予想を上回った」ことがわかったという。
私は経済学の素人だが、自信に満ちた指揮官の存在は部下を奮い立たせるという、軍事学的観点から見ても、「安倍晋三政権の経済政策『アベノミクス』による円安・株高の進展と景況感の好転を受けて、今年1月以降に想定を超えるペースで企業の業績改善が進んだことが改めて浮き彫りとなった」という内容は理解できる。
前回書いたように「白→黒」効果で、企業も「赤→黒」になった証明だろう。3年余の民主党政権下では、経済のトップが「白旗」を掲げていたのだから、初めから負け戦だったのだ!


その安部首相だが、24日から3日間、ミャンマーを訪問する。「第2次インパール作戦開始」というところか?

慌てているのがシナで、「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」によると、「ミャンマーで反中国活動が本格化、環境保護のパイプライン、鉱山開発に反対」で「アウンサンスーチー女史の対中協力姿勢にも多くの住民団体が反発しはじめている」という。
「第一にミャンマーの南北を縦断する900キロのパイプライン敷設工事が年内に完了し、本格的なガスの輸送が始まる。ベンガル湾から延々と雲南省へ敷設したパイプラインはミャンマーの山岳部、とりわけ少数民族の居住地域を通るため、破壊活動のリスクが一気に表面化した。
第二に中国国有企業ノリンコ(軍部経営の武器輸出会社)の子会社、万宝集団が開発するミャンマー銅鉱山の補償金をめぐって地元民は「補償金が少ない上、自然環境を破壊する。公害対策がなっていない」として立ち上がった。反対派には長くミャンマー軍事政権に対抗し、タイへ亡命していた民主団体が加わっており、指導者は「スーチー女史の対中国協力姿勢にも問題がある」と批判的である」というのだが、シナは南シナ海を席巻、次は東シナ海も手中に収めてシーレーンを確保しようと懸命だったが、米第7艦隊と海自の存在が目障りで、万一東シナ海を手中にできない場合に備えて、ミャンマーから雲南へパイプラインを建設した。昔の「援蒋ルート」である。

≪援蒋ルート(レド公路):インターネットから≫


ミャンマー人をカネで黙らせ、強引な開発を進めてきたが、そこにくさびが打ち込まれた。
拝金主義で世界中に手を伸ばしてきたシナだったが、金の切れ目が縁の切れ目、やがて「ガダルカナル」同様、“転進”せざるを得なくなるだろう。




そのシナ国内では、相次いで大規模デモが起きている。

雲南省昆明市で16日、石油化学工場の建設計画に反対する市民による大規模なデモが起きた。参加者2千人が同省の政府庁舎前に集まり、今月4日から続いているデモは拡大している模様。
同工場で毒性の強いパラキシレン(PX)が年間65万トン生産される見通し。市中心部から30キロしか離れていないことから、市民は環境汚染を懸念している。(大紀元日本)≫
「四面楚歌」とはどこの国の故事だったかな〜、国際関係はいよいよ面白くなってきた。


ところでお隣さんは、頭越しに「日朝急進展」が始まって、落ち着かないようだ。
拉致問題が一気に解決すれば「日朝」間は正常化する。今まで6者協議が延々と続けられてきたが、何の成果も得られなかったことを読んだ安倍政権は、自ら打って出たのだ。
自国民救出を、たとえ同盟国とはいえ「他国」に頼っていては進展しないということがやっと分かったのだろう。
“6者”ともはじめからやる気はなかったのだ!


我が国との交渉を希望していた?北朝鮮は勇敢?な国で、中国も韓国も手出しができない国だ。次のニュースを見ればわかるだろう。
黄海で5日、北朝鮮警備艇が船員16人の乗った中国漁船を拿捕し、北朝鮮側が釈放の条件として船主に対し、60万元(約998万円)を要求していることが分かった。中国メディアが19日伝えた。

 漁船は5日夜、海上で休憩していたところ、警備艇に拿捕された。その後、北朝鮮側は遼寧省大連の船主に電話し金銭の支払いを要求した。当初は120万元の支払いを求めたという。

 北朝鮮側は漁船が北朝鮮の海域に侵入したために拿捕したと説明しているが、船主は拿捕されたのは中国の海域だったと主張。中国の公安当局を通じ、北朝鮮側に釈放を求めている。

 表面化はしていないが、北朝鮮による中国漁船の拿捕は最近、たびたび発生。一部の事件では今回と同様に金銭の支払いを要求されているという。

 昨年5月にも黄海で中国漁船3隻の乗組員が北朝鮮側に一時拘束される事件が起きている。(共同)≫


やがて日・北に挟撃されるだろう韓国は、相変わらず米国を巻き込んで“従軍”慰安婦問題を取り上げて日本を非難しているが、モラルが低いのはどっちの方か、やがて米国民にも歴然とする事だろう。

≪韓国の慰安婦体験者たち:友人からメールで送られたもの≫


何時だったか、米軍が外出禁止、モラル向上?指導が始まった時、「もっと自由に“仕事”をさせよ!」と米国で大々的なデモ行進が行われたことがあった。
確か主催者は韓国の「売春婦たち」だったはずだ。綺麗ドコロが行進していたので、TVでこりゃなんだ?と私も見た記憶がある。
厚顔無恥とはこのことをいう。


昔、ペルシャ湾に出動した同期から、次のような現地情報を聞いて吹きだしたことがある。
現地の娼婦に一番人気だったのはわが海自隊員で、理由は全く顔を見せなかったからだそうな。「嘘だろう?」とからかうと、彼は「貴様の様にA新聞記者から叩かれると大変だからな〜」と肩を叩かれた。
一番不評だったのがかの国の軍人たちで、事前に値切り倒し、事後に食い逃げするからさ、と大笑いだった。ヴェトナムに出撃した勇猛な「タイガー師団」の“末裔”たちの人権を考慮する方が先じゃないか? “女性”大統領さんの意見が聞きたいものだ。


今朝の産経にはこんな記事もあった。「韓国女の年商1億超 「都営住宅」からタクシー通勤」

≪東京・歌舞伎町の韓国人クラブの経営で、少なくとも1億2700万円の売り上げがありながら無収入を装い生活保護を受給していたとして、警視庁組織犯罪対策1課は詐欺の疑いで、クラブ「パートナー」経営で韓国籍の許愛栄(ホ・エヨン)容疑者(54)=東京都新宿区戸山=を逮捕した。警視庁によると、許容疑者は「お金をいっぱいためたかった」などと供述。許容疑者の年商は1億円に上っていた可能性もあるが、生活保護の不正受給のみならず、生活困窮者のための「都営住宅」に住んでいたという≫

≪産経から≫


≪昭和25年11月27日、生活保護と住民税免除を要求して長田区役所を襲撃する朝鮮人の集団。昔からやりたい放題なのは彼らのDNA…?=友人から≫



程度の低いニュースはこれくらいにして、次は『正論』を貼り付けておこうと思う。
昨年12月8日に上梓した「大東亜戦争は昭和50年4月30日に終結した」で触れたことが、比較文化史家、東京大学名誉教授・平川祐弘氏の手にかかると、見事な文章になって甦る。
是非ご一読いただきたいと思う。


■戦死者の慰霊は「善悪」を超えて

 ≪ビルマ戦線を日英から見れば≫

 第二次大戦を日英双方から眺め、戦死者をいかに弔うべきか、靖国神社、米英戦士の墓について考えたい。交戦国が同じ戦争で見方を異にするのは不可避だ。米軍墓地には日本大都市を無差別爆撃する途中戦死した米兵も祀られている。原爆などの投下を命じた者こそ戦犯だと思うが、米国は勝利し彼らの罪は問われない。だがたとえそうした米兵の名が刻まれていようと、アーリントン墓地での日本首相の献花は当然だ。死者の善悪は区別せずに祀るがいい。

 日英の主戦場はビルマだったが、そこには昨今と違ってかつては英国人が弔うことのできぬ英軍墓地もあった。話はこうである。

 先月来日した民主化運動の闘士スー・チー氏はビルマ独立運動の志士アウンサンの遺児で、父は1940年バーモと組んで政治活動を開始、英当局の追及を逃れ日本に亡命した。参謀本部の鈴木大佐や南機関の協力を得、同志と海南島で軍事訓練を受けビルマ独立軍を結成、戦争が勃発するや日本軍とともにビルマに進撃、バーモ長官の下で国防相となり独立運動の先頭に立った。45年3月、蜂起して英軍に投じたが、これは英日の正邪を判断したからでなく、日本の敗北必至と見たからである。

 そのアウンサンは戦後は政権担当を英国のビルマ総督に要求、47年1月、英国で労働党首相と「アウンサン・アトリー協定」に署名、独立への道を敷いた。だが同年7月、殺された。その時、アウンサンに敵対するビルマ保守派に武器を売り渡し、若き独立指導者の暗殺に手を貸したのは元英軍大尉ヴィヴィアンだ。翌48年独立するや、ビルマがいちはやく英連邦から離脱したのは、英国人不信の故といわれた。ビルマ鎖国し、英国人は日英の最大の激戦地コヒマの英軍墓地すら訪ねることも許されなくなった。そこには戦没英兵を弔う詩句が刻まれている。

 我等ガ事ヲ人々ニ告ゲヨ。 君等ノ明日ノ為ニ、我等ハ我等ノ今日ヲ捧ゲタリ、ト。

 (For your tomorrow, We gave our today.)


 ≪公平期した英戦史家アレン≫

 英国人がこの墓碑銘も読めないのだとすると、英国にとってビルマでの戦争は何だったのか、何のために英印軍の兵は死んだのか。英軍の語学将校として日本軍と戦ったルイ・アレンは、戦後ダラム大学で教えたが、そう思わずにいられない。英日双方の資料を基にビルマ戦史を次々に著わした。91年死ぬ直前、車椅子で登壇、英軍事博物館で熱弁をふるった。

 「日本は、英国が中国(蒋介石軍)支援用に開いたビルマからの援蒋ルートを遮断し、ビルマをアジア解放のショーウィンドーとすべく戦った。英国は日本によって奪われた植民地の領土と富を奪回して勝利したが、戦後それを維持することはできなかった」


 遺言ともいうべきその講演を報じた同年12月7日付朝日新聞の見出し「ビルマ戦線いまも残虐イメージ残す」は公平でないと先日届いたアレンの遺著War, Conflict and Security in Japan and Asia Pacific, 1941−52 に、編者ニッシュが註を付している。「メディアが勝手に決めてかかる見方を打破しなければ和解は成り立たない」というアレンの主張も引かれていた。だが、マスコミの偏見や世論誘導は二昔前も今も大差ない。それを打破するためにアレンは、ダラム大聖堂に旧日本軍の将兵も招いて、共に両国戦死者の鎮魂を祈ったのだったが。

 アレンは公平を念じた。映画『戦場に架ける橋』で悪名高い日本軍の英国兵捕虜酷使を論じたのみか、敗戦後の日本兵捕虜が受けた扱いについても、会田雄次著『アーロン収容所』を英訳して紹介した。英軍の女兵士は日本軍捕虜が掃除に部屋に入って来ても全裸で平然としている。人は犬の前で裸体を恥じない。有色人種も人と思わないから裸で平気なのだ。


 ≪英軍墓地に詣で女王から礼状≫

 ノックの必要なし、といわれて日本人はそれほど信用されているのかと最初思ったのはとんでもない誤解だった。そんな回想は迫力があり、英国の植民地支配を憤るのはもっともだ。だが、会田は日本軍部の不条理も思わずにはいられない。何でビルマくんだりまで武器らしい武器も持たずに送られて、ジャングルの中で伝染病で死なねばならぬのか、と思いつつ、日本兵の多くは死んだからだ。

 戦死者は見捨てられたのか。英国人入国禁止の時期も、かつてビルマでも戦った藤原岩市元参謀は許されてコヒマで部下の遺骨収集にあたった。英軍墓地にも詣で、きちんと手入れされている旨をエリザベス女王に手紙で報じた。

 すると思いもかけず女王から礼の返事が届いた。アレンはそんな日英和解の佳話(かわ)も伝えている。そんなビルマでの日英戦争は「反帝国主義帝国主義」の争いだったと私は考えるが、どうだろうか。連合国の「東京裁判史観」を奉ずることを正義と心得、靖国参拝反対を言い張る人も困り者だが、反動で「大東亜戦争」の大義のみを言い立てる人も問題だ。(ひらかわ すけひろ)

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