軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

ぶれなかった外交官

岡崎研究所理事長・元タイ大使岡崎久彦氏が亡くなったという一報には驚いた。今月初め、研究所に出かけた際ご挨拶を…というと秘書が「お疲れなので病院で休養しておられる」と言ったので、「集団的自衛権問題が一段落したので、きっと一安心し、気落ちされると心配していた。ご無理なさらぬようお伝えを」といって辞去したのだが、実はすでに重篤だったらしい。
惜しい方を失った。集団的自衛権問題にかかわる法整備が完了するまで、見届けてほしかった。

≪産経から≫


大使とのご縁は奇妙にも退官後に始まった。もっとも、たった一人で朝日と戦った“面白い男”だと知っておられたようで、何度か研究会(当時は博報堂)に参加しているうちに、当時主任研究員だった小川彰氏に「特別研究員として参加してほしい」といわれ、韓国、台湾などでの研究会に参加し始めたのがきっかけだった。

大使とは、韓国には同道したが、中國の研究者たちとは国内でしか応じられず、一度も訪中されなかった。しかしながら中国の研究者らは、はっきりものをいう岡崎研メンバーを高く評価していたようであり、とりわけ岡崎理事長の人柄を尊敬しているように感じられ、主席訪日前には、必ず「事前偵察」を兼ねて研究所を訪れていたが、岡崎氏は、政府が公的にやれない部分を民間人が橋渡しする、トラック2の立場を貫かれた。


私は、本来【外交と防衛】は車の両輪であるべきと考えてきたが、現役時代にはほとんどそれを感じなかった。それは「軍事力の裏付け無き外交官」と、ことあるごとに「シビリアンコントロール下に置かれてものが言えない“自衛官”」との間に、公然と接点が持てなかったことにもよるのであろう。
2年3か月間、私も外務省に出向したが、現役時代には外交と防衛には接点が感じられなかったので物足りなかった。
しかし防衛庁に出向してこられた“外交官”岡崎氏は、名著「戦略的思考とは何か」を世に出され、むしろ対外的に物言わぬ制服組よりも、より専門的で明確な戦略論を展開されたので驚いた。
それが、双方とも“民間人”となってから密接に提携したのだから、皮肉といえば皮肉である。


当然だが、岡崎氏は右顧左眄する人物を評価していないように感じた。何かあると「彼はブレルね」とポツリといわれ、後は話題にもならなかった。
私など単純な元戦闘機のりは「ブレる(機体振動)のは危険だからブレようがなかった」から、仲間にしていただけたように思う。


博報堂特別顧問を終わられる時、小川主任研究員が不幸にも癌で逝去したこともあり、責任を感じられてかなり気落ちして衰弱しておられ「もう研究所をたたもうか…」と漏らされたことがあった。
それに対して猛然と反対したのは我々元自衛官組で「『集団的自衛権問題が解決されるまで、死んでも死にきれない』と言ったのはどなたですか!それを信じて我々はついてきたのです」と大使に迫ったものだ。


やっと継続する決心をされたが、今度は事務所(研究所)探しに苦労した。
私にとっては全く未知の分野だったが「ビルを探している」という金持ち?と一緒にビル探しをして、条件としてビルの一室を研究所に提供してもらおうとしたものだが、しばらく苦労したものの、やがてこの世には「サギ」が飛び回っていることを知って手を引いた。

その直後、幸運にも笹川財団所有ビルに空き部屋ができて虎ノ門に開設した。
こうして再び活動が開始されたのだが、この時期は日中安保対話など、実に目覚ましい活動が継続できたと思っている。
そしてその後現在のビルに転居した。
しかし相変わらず早朝から遅くまで、情報分析で理事長は孤軍奮闘?しておられたので健康が心配されたが、集団的自衛権問題が動き出したので昨年以降張り切っておられた。

そして今年、ようやくその第一歩が踏み出されたので、私は「安心して気落ちされないように」と気がかりだったのである。


集団的自衛権問題が軌道に乗ったころから理事長の戦略的思考は「台湾独立」に集中され始めたが、その意味で「これから…」という時だっただけに“巨星落つ!”の感がぬぐえない。


産経は【評伝】故岡崎久彦氏 「エレガントなサムライだった…」としてこう書いている。


≪エレガントなサムライ-それが岡崎さんだった。社交の場ではほほえみを浮かべながら、歩み寄ってくる相手の話にじっくりと耳を傾け、穏やかな口調で的確なコメントを返す。「大使の社交とはかくあるべし」と思わせる振る舞いだった。

 安倍晋三さんが自民党総裁に返り咲いた直後のことだ。評論家の金美齢さんのお宅でお祝いのパーティーが開かれたとき、歩み寄ってきた安倍さんを笑顔で迎え、ゆったりと談笑する姿が強く印象に残っている。岡崎さんには、周りの者が教えを請いたくなるようなオーラが確かにあった。

 民主党が政権の座にあったとき、同党若手国会議員の要請でキッシンジャーの『外交』全31章を読み解く勉強会の講師を務めた。20世紀の米国外交を知る上で欠かせぬ文献の監訳者である岡崎さんが直々に講義するとあって、自民党からも多数の若手が参加した。

 月1回のペースで開かれた勉強会は8カ月続き、講義録はただちに『二十一世紀をいかに生き抜くか』というタイトルでPHP研究所から出版された。同書は外交戦略を考える者にとって必読の書である。

 岡崎さんというと知性の人という印象が強いが、日本を危うくするものに対しては、いかなる批判も恐れることなく、言論で戦いを挑む気迫を持っていた。

 そのよい例が遊就館の反米展示を批判した平成18年8月24日の産経新聞「正論」欄の文章である。

 《戦時経済により、アメリカが不況の影響から最終的に脱却したことは客観的な事実であろうが、それを意図的にやったなどという史観に対しては、私はまさに(米保守派論客のジョージ・)ウイル氏が使ったと同じような表現-歴史判断として未熟、一方的な、安っぽく、知性のモラルを欠いた、等々の表現-しか使いようがない》と、米国が不況脱却のために資源の乏しい日本を経済制裁によって戦争に追い込み、これにより米経済は回復したという史観を批判した。

 その上で、《私は遊就館が、問題の個所を撤去するよう求める…この安っぽい歴史観靖国の尊厳を傷つけるものである。私は真剣である。この展示を続けるならば、私は靖国をかばえなくなるとまであえて言う》と強い覚悟を示した。

 この文章が保守陣営、特に反米保守といわれる人々に与えた衝撃は計り知れなかった。(桑原聡)≫


また、今朝の産経抄子はこう書いている。
≪【産経抄】他策なかりし 10月29日

 出版されて30年もたつと、たいていの本は絶版になるはずだから、快挙といえる。きのう訃報が届いた岡崎久彦さんが、昭和58年に出した『戦略的思考とは何か』(中公新書)は、今も書店に並んでいる。外務省から防衛庁に出向中だった岡崎さんが、1年間、米国に留学して書き上げたものだ。

 ▼「戦略的思考」とは、「日本が自分の意思にかかわらず戦争に直面せざるをえない場合のことを考えておく」ことをいう。日中間の緊張が高まる中、危機を乗り切るためにますます欠かせない本となっている。手に取る人が絶えないのも当然だろう。

 ▼岡崎さんが、集団的自衛権の必要性を痛感したのも防衛庁時代だった。米海軍司令官と話していて、ペルシャ湾から東アジアに至るシーレーンを守る、米第7艦隊の過酷な任務を知った。通る船のほとんどが日本に石油を運ぶタンカーだというのに、海上自衛隊がパトロールに参加できない理不尽を指摘された。以来岡崎さんは、日米同盟をより強固にするために、行使を認めるよう訴え続けてきた。

 ▼外務省の構内には、元外相の銅像が建っている。維新以来、新政府の悲願だった欧米列強との不平等条約を解消し、日清戦争前後のあらゆる問題を処理した、陸奥宗光である。岡崎さんは、祖父のいとこにあたる名外相を高く評価していた。

 ▼近代日本最大の危機をいかに乗り切ったのか。陸奥は、回想録『蹇蹇録(けんけんろく)』に詳しく書き残し、有名な一節で結んだ。「他策なかりしを信ぜんと欲す」。これ以上の策はなかったと信じる。

 ▼岡崎さんは、日本の存立と繁栄を守るために、ひたすら考え、論じ続けてきた。集団的自衛権行使容認の閣議決定を見届けたとき、陸奥と同じ感慨にふけったはずだ。≫


北朝鮮拉致問題はじめ、韓国の反日行為、シナの侵略行動などなど、わが国を取り巻く環境は直接的軍事行動を含む異常事態になりつつある。
更にその上、同盟国アメリカもこのところ弱気が先行していて、その虚を突いたように尋常ならざる暴力行動(紛争)が世界各地で増えつつある。


剣を持たない“素手”での外交活動には限度があるからわが外交は極めて難しい状況になりつつあるが、そんな矢先に骨のある元外交官が去っていったのは、安倍首相にとっても日本にとっても大きな損失だろう。
是非とも若手外交官の中から、エレガントでブレない第2、第3の岡崎久彦が出現することを期待したい。


謹んで哀悼の誠をささげるとともに「お疲れ様でした。ゆっくりとお休みください」と申し上げたい。

虎ノ門の研究所で「君はいくつになったの?」と聞かれ、「70です」と答えると「そう見えないね〜」と“おだて”つつ胸ポケットから筆ペンを取り出してさらっと書いて「昔は70歳をこう言ったものだよ」とこれを下さった。貴重な遺筆になってしまった…≫

戦略的思考とは何か (中公新書 (700))

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なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか。―隣の国で考えたこと (WAC BUNKO)

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