軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

続・かかる軍人ありき=「凄惨・壮絶を極めた第3次ソロモン海戦の白昼雷撃とその後(2)」


(承前)
 愛機は海中深く 
 飛行機内は、火がどんどん拡がり、黒煙が胴体に充満し松平三整曹も永田、谷口両電信員も配置にいられず、私の後ろに集まって来た。
 前下方にいた羽根田上飛曹も上がって来た。今はこれまでと覚悟をしたことは記億にあるが、その後の意識が遠くなってしまった。
 「最後には自爆しなければならないのだ。」という決定的な「観念」が自働して操縦輪を突っ込ましたのであろう。
 海中深く突っ込んだ飛行機の、蜂の巣のような弾穴から海水か勢いよく迸って入って来た。無数の薄黄色い気泡が海面へと上がって行く。

≪1式陸攻の操縦席≫


 飛行機が再び海面に上がった頃、私の意識はだんだんはっきりして来た。
 右タンクは尚燃え続けている。いつ爆発するかわからない。爆発したらガソリンをかぶり、皆焼け死んでしまう。私はすぐ「総員退去!」を命じた。
 左側にいた阿部飛長が微かな声を張り上げて「私はもう駄目です。飛行機と一緒にここに置いてください。」哀願するような眼付きだった。
 しかし、しめっぽい問答をしている一秒の余地もない。無理やりに首っ玉を捕まえて引きずり、海中へ放り出した。さぞ苦しかっただろう。


「まだ関口が居らん!」
 誰かの声に羽根田上飛詈が、猛火に包まれている胴体内に行き、関口を抱えて来た。
 彼は顔に血しぶきを浴び蒼白だった。だいぶ重体のようだ。
 総員退去して約十米も離れた頃、鈍い爆発音と共に、愛機三七三号はルンガ岬海中深く没してしまった。「愛機よさらば!」誰の気持ちも同じだったろう。


 阿部は腹部を撃ち抜かれながらも、毎月触れていた愛機の最後を振り返り見ながら、菅谷飛曹長に引かれ離れて行った。
 羽根田上飛曹に引かれて行った関口飛長は、向こうずねに敵弾を受け、水を切る度に皮だけしかついていない足先が、船のスクリューの如く波にもまれてまわり、盛んに激痛を訴えている。
 ガ島はまだまだ遠い。海中に背伸びして、かすかに椰子の梢がぼんやり認められるくらいだった。
 あたりは砲煙のため太陽の光線か遮られ、夕暮れ時のようだった。あちこちに船が盛んに燃えている。船首を垂直に立てて沈んで行くものもあった。
 敵駆逐艦が忙しそうに海面を駆け巡っている。沈没船の救助作業であろう。時々残弾が静寂を破って、薄く気味悪く響く。
  
捕虜にはならぬ
 我々八名は、ガ島の目標に向かってお互いに助け合いながら一心に泳いだ。正に一難去ってまた一難。敵駆逐艦の一隻が、まっしぐらに我々の方に向かって来るではないか。   
 艦橋が見え、水兵まで見えるようになった。
「しまった!捕虜になるぞ!」
 我々はどんな事があっても捕虜だけには絶対ならない。母の困惑した顔が浮かぶ。
 また、最近モレスビーで自爆した捕虜搭乗員の事が浮かんで来る。
 

 彼らは去るフィリピン作戦で不運にも敵弾のため不時着し捕虜となったが、破竹の勢いで進撃を続ける陸軍に救出されて、原隊のラバウルに送り返された。
 しかし司令部では一旦捕虜なった者は、どうしても部下として、再び認めてはくれなかった。当該、福田分隊長の一身を犠牲にしての願いも聞き入れられなかった。
 彼ら一行七名は部隊全員白眼視の中に、兵舎の片隅で生ける屍の如き生活をしていた。
 そして時々、極めて危険な任務が課せられたが、いつも不思議に命拾いをして還って来た。 然し、遂に決定的な最後の命令が出た。『モレスビー攻撃後自爆せよ。』
 彼らは誰一人見送りのない飛行場を単機で飛び立って行った。
「○時○分、我モレスビーを爆撃す。只今より自爆す。天皇陛下万歳!」を最後に無線連絡が絶えた。


 私もどんな事があっても、捕虜にはなるまいと思い、考えても考えてもどうする事も出来なかった。
 私より数百米先にも、七〇七空の一機が浮いていて、搭乗員はゴムイカダで一旦退去した筈だったが、駆逐艦の接近により、また飛行機に戻って行き、機長より順々に上部七・七ミリ機銃の銃口に頭を当て、一人ひとり自決してゆくのが見える。多分、天野機であったと思う。


 駆逐艦は益々近づいて来る。拳銃を燃えた飛行機と共に沈めてしまった我々は、ただもがくだけであった。思いっきり海水を飲んでみた。舌をかんで死のうと試みた。しかし「やっと助かった」と思う生への執着はこんな事で解決はつかなかった。我々八名は一か所に集結し、ただ神に祈るのみであった。
 次の瞬間、運命の神は、我々に幸いをもたらしてくれた。
 水兵の駆け回るのが判るほど接近した駆逐艦は浮いている七〇七空の飛行機を砲撃し、これを沈没させると一八〇度方向を変換して、もと来た路を帰って行った。我々のこの時の喜びはたとえようもなかった。
  

グラマンの後はフカの出現
 八名は再生の勢いを得て、また泳ぎ出した。然し、まだ虎穴を脱したわけにはゆかぬ。上空には、まだ数機のグラマンが遊弋している。時々機首を突っ込んで来ては、我々に向かって銃撃を加えて行った。
 再び私は散開を命じた。元気な者はライフジャケットを捨て、水中をもぐって難を逃れていた。不自由な海中で遮蔽物一つない所、銃撃は譬えようなく薄気味悪い。
 幸い銃撃のためには一人も致命傷を受ける者はなかったが、苦手なアイスキャンディの洗礼は真っ黒いスコール雲が我々を包んでくれる迄、約二〜三〇分続いた。
 敵影一つ見えないスコールの中で始めて「助かった!」
 喜びが胸の奥からこみ上げて来て、自然と軍歌でも口ずさみたいような衝動にかられ、空腹感、疲労感が一度に襲って来た。


盲亀の浮木」というか一間ほどの流木を拾って一休みしている時だった。
 目前二〜三〇米に長い波の尾を引きながら、こちらに向かってくるものがある。
「フカだ!」あっちにもこっちにもいる。人肉に飢えたルンガのフカの大群である。
 マーシャルにいた頃、一水兵が水泳中、脚をフカにもぎ取られた生々しい記憶が思い出されてギョッとする。
 全員再び集桔を命じた。関口飛長は、一段と鋭い声で傷の痛みを訴える。「殺してくれ!殺してくれ!」
 羽根田上飛曹は一心に叱ったり、なだめたりして引っ張って来た。集まった数名で一直線になり拾った棒切れで防ぎながら泳いだ。
 近くまでガブリガブリやって来たが、この時も足をもぎ取られた者もなく無事に済んだ事は全くの奇跡だ。
 

陸軍のカユ食に涙
 その後は順調に潮流に乗り、夕闇がガ島の島々に迫る頃、やっとガ島の陸岸が認められる距離に到達した頃は我々は精根尽き果てていた。左前方では陸軍の銃声が盛んに聞こえる。
 我々八名が無事に味方の陸軍陣地に、はい上がった時は、もう夜は更けていた。
 長い間苦しみ抜いて来た関口飛長は、陸に上がって安心したためか急に容態が悪化した。
 野戦病院を探し回っている柵子林の中で、菅谷飛曹長・羽根田上飛曹二人の腕に抱かれながら、「敵の船は沈みましたか」と何度も聞く。
「沈んだから安心しろ」と言うと、さも満足しきったような顔をして間もなく静かに息絶えた。
 今まで苦痛にゆがんだ顔には、かすかな微笑さえたたえているような静かな顔だった。
 背中に三発と足と顔の弾痕が彼の命を奪ってしまったのだ。
 彼は今、ガ島の野辺に咲く一輪の名も無き真白き花として、永遠にその芳香を放っていることであろう。

 約半里くらいの野戦病院で阿部飛長の応急手当をしてから、陸軍部隊の心からの饗宴を受けた。一人当たり、カユ食茶飲み茶碗八分目くらいだったが、昼間の雷撃を目前で見た陸軍の人々は、マラリヤと栄養失調で骨と皮だけの手で米袋の底をはたき、二粒・三粒づつ集めて炊いてくれた。
 貧者の一灯は心の底に沁みとおり、有難涙にしばしのどを通らなかった。


日米艦隊の夜戦
 今夜は十時を期して、第二艦隊「比叡」「霧島」を主力とする日本艦隊が、ガ島飛行場を砲撃する事になっていた。第一回は三十六糎の巨砲で、敵に言語に絶する打撃を与え大成功を収めたが、今夜は第二回目だった。ひたすら成功を祈る我々の心を、敵夜間哨戒機の往来が無闇に苛立たせた。


≪ガ島夜間砲撃に向かうわが戦艦群=大東亜戦争海軍作戦写真記録:大本営海軍部報道部から≫

 十時を余程過ぎた頃だったと思う。
「ズズーン、ズズーン」という巨砲の音に「それ砲撃が始まった。」と海岸に出る。
 然し、我々の期待は裏切られて物凄い夜戦になっていた。敵に味方の行動を察知されたのか、敵味方、合計、約三十隻前後ぐらいだったか、丁度、運動会の騎馬戦のように入り乱れて、もつれた糸の如く飛び交う砲弾の火箭は実に物凄かった。
 晴天に沖する火柱が立つたかと思うと、ガ島の島々をグラグラと動揺し轟沈していった。
 艦は多分、敵戦艦だったろうか、篭マストの吹っ飛ぶ如くに見えた。
 夜戦はツラギ方面よりサボ島の方に移り、中々止みそうもないが、火箭はだんだん少なくなっていったのは、敵味方の消耗の激しさを物語っている。

≪第3次ソロモン海戦=同上から≫

 翌十三日、我々は眠い眼をこすり乍ら未明に起き、椰子の実の朝食をとる。
 いつまでも陸軍に頼るわけにはゆかず、我々で見つけ、椰子リンゴと椰子水を食べた。
 海上には舵機か機関の故障か、味方駆逐艦一隻、敵乙巡一隻、駆逐艦一隻が勦けないでいた。
 私が椰子リンゴをかぶりついていた時、敵乙巡が味方駆逐艦に第一斉射を放った。水柱が四、五本上がる。
「遠の三〇〇米」。第二斉射「近の一〇〇米」。味方駆逐艦からは、一向に応戦がない。
 第三斉射命中、遂に船尾より真っ逆さまに姿を消した。(続く)

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