軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

資料から:日米経済摩擦

 トランプ大統領の一般教書演説を見ていて感じたのは、頼もしいリーダーが誕生したものだ、と言う感想である。大統領が最初に触れたのは「知的財産を平然と窃取する中国の国家ぐるみの不正行為」を許さないと言う決意だった。これは我が国も長年被害者だったはずだが、政府は手をこまねいて見て見ぬふりを決め込むばかりだった。

 

今TVなどで話題の“盗聴器”を巧妙に仕掛けたファーウェイの排除に踏み切ったのも米政府である。安全保障のみならず、知的財産権対処もわが政府は中国の顔色を窺ってばかりいて、優柔不断だったが、何で支那に気を使わねばならないのか?

それだけではなく、北朝鮮に拉致された同胞を救助することも米国頼みの有様。やはり敗戦以降、他のアジア諸国を独立させはしたものの、自らは列強の植民地(餌食)に成り下がったのだろう。

 

そこで今回は、対米関係の過去の切り抜き記事に目を通してみようと思う。この頃は、安全保障を軽視して、日米安保に”ただ乗り”して”敵に塩を送る”ことまでした会社があったから、米国民から総スカンを食らったのだ。

 

次は昭和60(1985)年6月22日付の「今日の問題」と題する朝日新聞夕刊の「日米の落差」と言うコラムである。

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【日本に大幅な防衛力増強を求めた、さきの米上院決議の報道では、日米間で対照的な現象がみられた。

 わが国のマスコミは、米議会にくすぶる対日不満が噴き出したものと判断し、新聞、テレビとも決議内容と、その背景をくわしく取り上げた。

 これに対し、米国の報道機関は事実上黙殺した。防衛庁などが調べたところでは、主だった新聞には一行も触れられなかったのである。

 なぜ、こうも際立った認識のズレが生じたのだろうか。十分掘り下げてみる価値のあるテーマだろう。

滞米経験の長い人たちの分析を総合してみると、一つはっきり言えることがある。それは米国のマスメディアの対日関心は、もっぱら・経済・貿易がらみに限られるということである、

 中曽根首相が一月訪米の際に明らかにした戦略防衛構想(SDI)への理解発言が、米国内では目立たない扱いだった事実からも、この傾向は裏付けられる。要するに、日本は「経済」では主役の一人ではあっても「世界戦略」の領域ではその他大勢扱いなのだ。

 国防総省などが意図的に示す認議とは異なっていようが、米国の報道機関のニュース価値に対する考え方を知っておくのは大切だと思う。

 決議成立までの過程でも気になる点がある。この決議のとりまとめで画策したのは、民主党バード院内総務のスタッフなのだが、事前に動くとホワイトハウスあたりから待ったがかかりはしないか、と懸念したようだ。

 このため、米上院本会議の採決に持ち込むわずか数時間前に共同提案者を集め、決議案を仕上げたといわれる。

 加藤防衛庁長官が語っているように、ワインバーガー国防長官、上院外交委員長らが事前に察知していなかったのは、どうやら間違いない。

 こういう状況でありながら、提案されるや、八十八人の議員が賛成に回り、あっというまに可決された。日本にモノ申す内容なら何でもという雰囲気があるのだ。もちろんその背景には経済摩擦へのいら立ちがある。

 米国のマスコミが大々的に取り上げなかったとはいえ、決議採択の根は極めて深いといわねぱなるまい。】

 

こんな軍事的“無理解記者”が上から目線で、「要するに、日本は『経済』では主役の一人ではあっても『世界戦略』の領域ではその他大勢扱いなのだ」と書く気持ちが“常識人らしくない!!” 流石は「反日・反米紙の記者」だけの事はある。

 こんな極楽とんぼが飛び廻っていたのにこの程度の摩擦で済んだのは幸運だったと言えよう。

 

次は「日米摩擦を直視する(昭和61年1月1日付)」と題する毎日新聞の特集記事である。

 

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「第1部・米国報告・鷲の怒り」の連載最初のもので「臨界点の貿易摩擦」「アンフェアは事実」「赤字500億ドル・原因より結果だ」と言うタイトルが踊っている。長いのでリードだけを紹介しておこう。

 

【日米関係は西側同盟の中で日ごとに比重を増しながら、同時に、貿易と産業技術で激しく競い合い、そこに生じた摩擦は両国のきずなに不気味なヒビ割れをつくる兆候がある。

太平洋をはさんで『世界で最も重要な二国間関係』(マンスフィールド駐日米大使)にまで深まった両国の間には、放置すれば致命的な破綻さえ招きかねない危険が忍ぴ入っている。東京サミットを五月に控えた一九八六年は、日米関係の将来に明確な針路を描き出す年となるだろう。

危機は回避されなければならず、日米の協力は両国だけでなく太平洋地域の繁栄、さらには世界の人びとの生活向上に寄与する方向で強められる必要がある。さし迫った課題は、タブーや甘えを排して「日米関係を直視する」ことだ。まず、巨額の対日買易赤字にいらだつ鷲(米国国章)の世界の声を報告する。】

 

記事の中に『昨年の米国の貿易赤字はついに千五百憶ドルにも達する巨額の輸入超過である。そのざっと三分の一が対日貿易で発生した。「貿易赤字はその原因が何にせよ、結果は自国の産業への打撃や失業の増加を意味する」(ダニエル・モイニハン上院議員)という被害者意識は米国内で定着してしまった』とあり、ちょうど現在のトランプ大統領がとりわけ対中貿易赤字を最優先していることに繋がる。

 それほど”当時のわが政府”は、安保ただ乗りに酔いしれていたのだ。「盾」と「槍」の関係などと米国青年を危険な敵地に差し向けていた…

アングロ・アメリカンにとっては「アンフェア」と「ジャスティス」は絶対語である。

 

次は「米対日世論の深刻な警告(昭和62年4月7日)」と題する産経の「主張」である。

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世論調査というものの読み取り方は、なかなか難しい。調査技術が年々急速に進歩し、精密になっているのは事実だが、それでも質問のちょっとしたことば使いを変えただけで、調査結果が反対になってしまったり、調査の時期がわずかに違うだけで、思わぬ回答を引き出したりする。

 が、同一の質問を繰り返すと、ある程度確かな基本的傾向の移り変わりが浮き彫りにされてくるものだ。

 外務省がことし一月、米国で行った対日世論調査結果の読み方にも同じことがいえるようである。個々の数字を短絡的に取り上げて、今日の米国世論の動きに、一喜一憂するセンセーショナリズムは禁物だろう。だが、読み取り、間違いのない対応への貴重な手引きとする心構えが必要である。

この調査にみられる米国対日世論の基本姿勢は、第一に、日本への信頼性が揺らいではいないということだ。一般層では「信頼できる」が五四%、「信頼できない」が二四%。近年やや低下気味ではあるが、過半数を維持している。有識者層も「アジア・太平洋地域の最も重要な国」として中国とともに四一%と一位の座を占めている。日本重視の態度は確実に安定しているのであり、この点においてはなんら疑問、憂慮の余地もない。

 だが、第二に、事経済関係という点になると、日本の台頭を「脅威」と受けとめる有識者が昨年より八%増えて、三七%に達した。

さらにそれが先端技術分野になると「米国に対する深刻な挑戦」と考えるものが、一〇%も増え、じつに七五%にも及んでいる。これが最近、日米貿易摩擦の最大の争点となってきた半導体問題をめぐり露骨に表れている米国側の強いいらだちを率直に反映していることは言うまでもない。

 しかもこの感情は単なる「脅威」ではすまず、その解消手段として日本の対米輸出規制を求めるものが、有識者では一二%も急増し四〇%に達した。このことは、日本の市場開放を求める声(五六%)が七%減ったことと合せて、少なくとも対日世論に関しては、自由貿易拡大よりも手っ取り早い保護貿易主義に走ろうという切羽詰まった思いにかられ始めていることを物語っている。

 これはまことに深刻な対日警告だとわたしたちは受けとめねぱなるまい。すでに米議会は「ジャパン・ブロブレム(日本問題)」を最大の政冶テーマとしてわたしたちにとっては無理難題とさえ受け取れる立法・決議に奔走しつつあるが、こうした米国内世論の顕著なな動向は、この議会の方向に一層強い拍車をかけかねないからである。

 一方、わが国でも、米国に親しみを感じる人がここ一年間で八%減り、六八%に落ちたという(総理府調査)。おたがいに心の底では信頼し合い、また信頼し合っていかなければならぬ間柄であることも十二分にわかっていながら、その相手に対していらだちを増幅し合う。こうし傾向が一層つのっていくとしたら、それは近親憎悪にも似た悲劇というしかない。

 感情に走ることはない。即効薬が得難いこともわかっている。とすれぱ、地道に、一つ

一つ具体的に問題を解きほぐしていくしかない。今は冷静な読みが求められているのだ。】

 

 文中に「日本の台頭を『脅威』と受けとめる有識者」と言う表現があるが、この場合の「脅威」は、『軍事費を無視して、稼ぎまくっている』日本商売人のえげつなさ、と言うべきだろう。

 この文は比較的正論だと言えるが、まだまだ『軍事無視』の弊害がのぞいていると言うべきだろう。

当時はこの様な「極楽とんぼ」がメディア界にも政財界にも異常繁殖していたのだ…

 

 そして今度はシナと言うわけだ。やがてシナの始末がついたら、『トランプ大統領NATO同様日本も自分で守れ!』と言ってきそうである。

さあ、その時政府はどうするだろうか??