軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

頼りになる”自衛隊”

武漢コロナ問題が我が国でニュースになり始めた頃の2月7日のブログの最後に、私は

【結局最後には「憲法に明記されていない自衛官」が尻ぬぐいさせられることになるのだろう。マア、トンコレラ鳥インフルでも、防護服に身を固めて始末させられた経験があるから、最後の砦は自衛隊!ということになるのかもしれない。「備えなけれがかくの如し!」無防備国・平和日本の末路も浮き彫りになってきたようだ】と書いたが、やはりその通りになっていたようだ。

防衛省のHPは【本日(3月16日)、河野防衛大臣は、1月31日から実施している新型コロナウイルス感染症に係る災害派遣活動の終結を命じました。自衛隊は、引き続き、患者の受け入れを自衛隊病院等で行うとともに、自治体のみで対応が困難な状況が発生した場合には、自治体等と連携して支援を行ってまいります】と広報し、河野大臣は3月11日にツイッターでこれまでの“戦果?”を【自衛隊病院、3月10日時点でこれまで感染者122名を受け入れ、114名退院、2名転院、6名が現在、入院中です】と報じた。

今朝の産経も次のように書いている。

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軍隊という組織で一番難しいのは「指揮の一元化」である。縦割り行政が“得意な”省庁が出前している中においては、誰が指揮官だかわからないから、動きようがないのだ。だから自衛隊では常に指揮官であるという表示なされている。しかしこの時は現場指揮官が独断専行して危機を救ったようだから、あっぱれだ!というほかはない。時と場合によっては「独断専行」がものをいうのだ。

このように、結局は私が書いたとおり、今回も自衛隊が尻ぬぐいをしたのである。

他方、地上波番組を見るがよい。出演者が「ああでもない、こうでもない」と“個人的感想”と“希望的(悲観的?)”観測をばらまくだけで、視聴者を混乱に導いているだけで、私に言わせると習近平隷下にあるメディアか?と錯覚するほどだ。自衛隊の成果を国民に伝えるのも仕事じゃないか?

なぜ自衛隊は成果を上げたのかその直接的な理由は知らないが、基本には「戦闘を基準」に訓練されている隊員一人一人にその心構えがあったからだろう。もともと自衛隊は【有事下で動くよう訓練されている】からだ。

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クルーズ船内での活動(インターネットから)

そんなことを言っても現代の“有識者方”には理解できないだろうが、私もその昔、戦闘機乗りとして、離陸するや空中では誰にも頼れないことを自覚して飛んでいたし、いつ故障するかわからないから常に緊張して飛んでいたものだ。

その緊張感が、戦後の憲法で全く骨抜きにされているのが国民であり、現代日本を動かしている方々だといえるから、この問題が起きた時、最初から結論は見えていた。

武漢ウイルスによって世界中が不健康な状況になり、経済危機が始まり、一切の文化活動が人々の生活から縁遠いものになりつつあるが、これこそ「文化大革命」という人間性を無視した国の狙い?であり、今や今回のウイルスの“蔓延効果”を密かに分析してほくそ笑んでいる組織がいるに違いない。

21世紀の人間社会は「不要不急」なバブル生活を楽しんできたから、この際一度冷静に状況を観察し、人間社会に不適合な要素は何か?どこから生じたのか?そして安定した人間生活を破壊した原因はどこにあったのか?と今までの“豊かな?”生活形態を見直し、シャッフルしてみることも大切ではないか?

特に「観光客目当て」の薄っぺらな利益を期待した商売人たちと、それを扇動したア指導者たちに責任があるのだが、盲目的にしたがった方にも責任があろう。

国民も、誰にも頼らず常に自己完結方式で動き鍛錬を怠っていない軍隊という組織が、如何に頼れる存在であるかが理解できたに違いない。

後輩たちよ、いつもご苦労様!