軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

“平和憲法”に酔いしれていた日本人はゼレンスキー大統領の訪日から何を学んだか!

その前に外務省が公表したG7首脳が広島平和記念資料館を訪問した際の芳名録への記帳内容を見ておこう。

岸田首相:「歴史に残るサミットの機会に議長として、各国首脳と共に『核兵器のない世界』をめざすためにここに集う」

米国のバイデン大統領:「資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの私たちの義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!」

フランスのマクロン大統領:「感情と共感の念を持って、広島で犠牲となった方々を追悼する責務に貢献し、平和のために行動することだけが、私たちに課せられた使命です」

カナダのトルドー首相:「多数の犠牲になった命、被爆者の声にならない悲嘆、広島と長崎の人々の計り知れない苦悩に、カナダは厳粛なる弔慰と敬意を表します。あなたの体験は我々の心に永遠に刻まれる」

ドイツのショルツ首相:「この場所は、想像を絶する苦しみを思い起こさせる。強い決意で平和と自由を守っていくとの約束を新たにする。核の戦争は決して再び繰り返されてはならない」

イタリアのメローニ首相:「本日、少し立ち止まり、祈りを捧げましょう。闇が凌駕するものは何もないということを覚えておきましょう。過去を思い起こして、希望に満ちた未来を共に描きましょう」

英国のスナク首相:シェイクスピアは『悲しみを言葉に出せ』と説いている。しかし、原爆の閃光に照らされ、言葉は通じない。広島と長崎の人々の恐怖と苦しみは、どんな言葉を用いても言い表すことができない。私たちが、心と魂を込めて言えることは、繰り返さないということだ」

 

いくら「力による現状変更に反対」してみても、力だけを信奉して事を進める国は絶えない。それがロシアによるこの「ウクライナ侵攻」だ。

こうして「力による現状変更」は平然と行われる。そしてその結果、いくら「人道支援」を繰り返しても、終わりは見えない。

それは、このことあるを予期して、厳重な「武器による備えを怠った結果」である。だから今、ウクライナは世界各国に「武器の提供」を求めている。そして各国は「火中の栗」を拾うことなく、自分たちに戦禍が及ばないようにと、ウクライナに武器を提供している。そのためにゼレンスキー大統領がG7の会場に出てきて各国に呼び掛けた。

何時もの戦闘服姿だから「無礼な!」とか、「ネクタイをしてこられなかったのか」などと非難する者もいるようだが、ウクライナは現在「戦闘中で、全国民がロシアの攻撃に苦しんでいる最中」である。一人だけ「よそ行き」を着て外国での会議に参加する方がどうかしている。

“民主主義国で選挙を抱えている国”ならば、人気取りだと言われるだろうが、今祖国が滅亡する危機を抱えている彼にはそんなきれいごとは通用しない。

ネクタイ締めて、シンパを集めて”悦に入っている”P氏との違いはそこにある。

ゼレンスキー大統領は「戦場で戦っている兵士」を激励するし、戦禍に苦しむ国民を慰問するなど、八面六臂の活動をしている。

危険を感じてモスクワなど安全地帯から移動しない男と、今回のように長躯アジアまで足を延ばす「指揮官」とでは、どちらが“臆病者”か!

ウクライナ軍の士気の高さの根源を見たような気がする。要するにウクライナは「戦争当事国」なのであり、侵攻した方の国の指導者は暗殺を恐れて動かない。

 

戦争を忘れさせられた日本国民は、改めてこの現実を見るがよい。

「力による現状変更」が嫌ならば、それをさせないような「力」が必要だということを! 口先だけでそれが済ませられることが出来るならば、“サルにもできる話”だが、それが出来ないということが人間社会の“現実”なのだ。

 

憲法違反」だの、「戦闘服で街を歩くな!」だの、「ブルーインパルスの訓練はやめよ」などと、一部の活動家などから、寄ってたかって自衛官はいじめられてきた。我々はひたすらそれに耐え続けてきたが、あまり報われることはなかった。そして今度のような「力による現状変更」がわが国周辺でも行われようとしている。

それでもわが国民は、ひたすら「平和憲法」を信奉し、「過ちは繰り返しません」などと原爆被災者にうわごとを言う気か

広島でも長崎でも、現地に救援に向かった兵士たちは、大やけどで苦しむ市民を保護したものの、一人として「過ちを繰り返すな」と叫ばれたことはなかった。むしろ「兵隊さん水をくれ!敵を取ってくれ!」と言われたと先輩方から聞いた。

それが戦場である。やがてウクライナは反撃に転じるであろう。それは欧米からの武器支援の仕方にもよるが、根本には「ロシアに一矢報いる」というウクライナ国民の「怨念」によるものだ。そして「力による一方的な現状変更」に踏み出した者には懺悔させることしか「国際的な現状変更(横暴)をやめさせることはできない」と知ることになるだろう。

つまり、日本国民には理解しがたいことだろうが、武器によって引き起こされた行動は、武器によってしか抑える事はできない、ということを日本国民は知るべきである。