軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

中国の気球撃墜、細菌戦の準備では?

中国が、スクールバス3台ほどの大きさの「気球」を作って米国領空に侵入させた。読売はこう伝えている。

【ワシントン=蒔田一彦】米国は、大西洋上で4日に撃墜した中国の偵察用気球について、中国軍の指揮下にある「気球部隊」の活動の一環だとみている。撃墜した気球の搭載機器などを回収・分析し、実態解明を図る考えだ。ただ、気球が米本土を横断するまで撃墜を見送ったバイデン政権の対応には、国内で批判が上がっている。

 「この偵察用気球は意図的に米国とカナダを横断した。軍事拠点を監視しようとしていたと確信している」。米国防総省高官は撃墜後、記者団に対し、こう説明した。中国側は、気球が気象観測などを目的とした民間のもので、偏西風によって航路を外れ、米国の上空に入ったと主張したが、高官は「ウソだ」と言い切った。

中国外務省は5日に声明を発表し、「気球は民間のもので、不可抗力で米国に入った」と改めて主張した。「中国は関連企業の正当な権益を断固守り、同時に必要な措置をさらに講じる権利がある」とも述べ、必要に応じて対抗措置も辞さない姿勢を示した。】というが、中国が反応したということは、自ら認めたことになるが、あの共産主義独裁国が「関連企業=民間産業」のものだ、とはちゃんちゃらおかしい。すべてが共産党独裁国だから、体裁上西側と同じような「企業体」と称していても、すべて一党独裁国家の“国営”企業体なのだ。人工衛星よりもはるかに安く、情報を取りやすい「気球」を製造させていたのだろうが、それが“誤って?”米国内に侵入したのだから、その“社長さん”は首だろう!アメリカに亡命するかもしれない(笑い)

これが日本上空だったら、どうしていただろうと興味がある。

松島基地司令時代に、これと同様な事案があったが、県警に協力して落下した風船もどきを捕獲させたものの、「多分北朝鮮製だろう」程度で終わったことがあった。

空中を飛行するパイロットはこの種の「白や黒」などの球体をよく目撃していて、追跡したもののほとんど逃げられた。講談社から上梓した「UFO」にも書いているが、この手の“不審物”にはほとんど関心がないのが我政府の姿勢だ。宣伝ビラ…程度の物体が搭載されていたから無難だったものの、これが「サリン」や「病原菌」だったとしたら「オウム事件」の再現である

もし今回米空軍が撃墜したバルーンに、その痕跡でもあったら、第2、第3の「コロナ事件」になり、米中紛争は必至になる。バルーンは「武漢研究所製」じゃないか?(笑い)

サウスカロライナ州沖の上空を漂う気球の残骸。戦闘機と飛行機雲も確認された=4日、AP© 読売新聞

今朝の産経抄氏はこう書いた。

風船爆弾」は偏西風を利用した攻撃手段だったが、素より成果はあまり上がらなかった。しかし、心理的には米国民に甚大な影響を与えたこの作戦がいつの間にか中止されたのは、時の大本営が「米側に細菌爆弾と誤解され」国際的に非難を浴びることをることを恐れたからだったという説がある。

勘ぐれば、今回米側がこの巨大風船を米本土上空で撃墜しなかったのは、細菌兵器を搭載している恐れがあるとして洋上に出るまで待ったのは「地上での被害軽減」を図ったからかもしれない。

友人の一人は【中共は現在も進行中の世界的なコロナウィルス大感染の原発地だ。米国民は中共の得体の知れない風船を細菌爆弾と短絡する可能性があるから今後の米中関係は冷え切るだろう】と予測している。

旧日本軍の「戦史」に学んで作戦行動をとりつつあるとされる中共軍としては、読みが浅かったとしか言えまい。

そんな中、我がメディアは詐欺と強盗殺人事件でフィリピンに潜伏していた”日本人悪党ら”の報道で大騒動、そのうえ“鬼の首を取ったかのように”岸田内閣の秘書官の「不規則発言」でてんやわんやである。

 

この事案は、いつものような「マッチポンプ」事案で、私の現役時代に良く体験したものだが、オフレコ前提の記者との懇談の場での発言を「特ダネ欲しさか、社長賞欲しさの記者」が掟を破って公表したものであり、記者の方がルール違反なのだが、それはどこのメディアも仲間らしく問題にしていない。

同性婚というマイナーな人たちに関する「意見、または感想」で、寄ってたかって自ら「言論の自由を破壊している」のが今のメディア関係者だろう。

この事案は、やがてブーメランのようにメディア自身に戻ってくると思われる。政府関係者は、今後記者を相手に誰も本音の話をしなくなるだろうからいつもの「フェイクニュースづくり」に戻るほかあるまい。

オフレコ懇談をリークするメディアにモラルはないというべきである。

核戦争は防げるか?

「欧米の軍事同盟、北大西洋条約機構NATO)のストルテンベルグ事務総長が1日、東京都港区の慶応大で講演し、ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領について「大きなミスをしている。ウクライナ国民の勇気を甘く見た。そしてNATOと同盟国を甘く見ている」と述べた。学生の質疑に答えた」と共同通信は書いた。

 

昨年の2月24日に始まった軍事侵攻は、始めたロシアにとってどうやら暗礁に乗り上げているらしい。プーチン大統領の焦りぶりが伝わってくるが、侵攻当時彼はウクライナ は単なる隣国ではなく、われわれの歴史、文化、精神的に切り離しがたい一部だ」と述べ、「ロシアウクライナの国境はソ連共産党代に引かれたものだ」と切って捨てたものであった。

あれから一年、予想は見事に外れ、今や一進一退どころか、己の立場も危うくなりつつある。欧米の一部では「プーチン無き後の世界」を予想しているところもあるという。

その結論はまだ見えていないが、北方領土が接する我が国は、其れに備えた外交戦略を立てて準備しておくべきではないのか?

今やウクライナは、「ウクライナの独立を支援する」西欧と、「俺のものは俺のもの、他人の物も俺のもの」という「領土拡張式共産専制国」との闘いの場になっていて、ドイツ製戦車「レオパルト2」や米軍の主力戦車「M1エーブラムス」、英軍主力戦車チャレンジャー2」など、各国の近代軍事装備品の試験場と化そうとしつつあるが、やがてそれは最後には、プーチンの‟暴発”に行き着くのかもしれない。彼にとっては、「悪いのはすべて相手」なのだから始末に負えない。

やがてプーチンは「キューバ危機」時のフルシチョフの完敗に結びつくのかもしれない。しかし傍に信頼できる部下はいないようだから‟暴発”しかあるまい。

 

話は変わるが、このところ、ヒストリーチャンネルディスカバリーチャンネルなど、米国のケーブルTVからの取材が多くなり、先だって米国政府が“公認した”UFO問題に関わることが大いのだが、改めて「UFOと核の問題」を問いかけられた。

 講談社から「宇宙戦争を警告するUFO」を出したこともあり、UFOと核問題は切っても切れないもののようだから、知的生命体は「知恵遅れの地球人」に「核爆発の危険性」を警告し指導にきている存在だ、と私はみなしている、と答えている。つまり、核戦争は地球だけの問題ではなく、全宇宙に影響する事態だ、と忠告にきているのだろう。

 

事実、旧ソ連やロシアは別にして、米国の「原子力発電所」、「核推進艦船」や「核ミサイル発射基地」などにUFOが現れ、作動できなくなった事例も報告されているから、私はそう信じているのだが、現在“戦場”になっているウクライナ各地にもUFOが頻発しているという。もしそれが事実だとすれば、間違いなくウクライナ戦争で迫っている「核戦争」の危機を警告しているのではなかろうか?

尤も、過去に何度も米軍が体験した「核兵器発射不能事態」のように、プーチンが“暴発”して発射ボタンを押そうとしても、発射できないのじゃないか?

いや、そうあってほしいと思っているのだが、いくら人道を掲げた西欧諸国でも、人類の知恵を結集?した国際共同機関でも、それを阻止できないのだというのであれば、ここは一度UFOの出番になるのじゃなかろうか?

それとも地球人に愛想をつかした知的生命体が「ノアの箱舟」同様、この核戦争という“暴挙”を見逃すのかもしれない。

”裸の王様”にだれか忠告してやってほしいものだが、それとも○○につける薬はないというべきか!

「武士道とは、死ぬる事と見つけたり」

ようやく「君たち、中国に勝てるのか」(産経セレクト)を購入して、一気に読破した!

阿比留氏の記事(12日の記事)には

【兼原氏が「戦争が始まれば、自衛隊の犠牲は免れません。みんな家族がいる。安倍総理は、自分がその最高指揮官だという気持ちがとても強かった。そんな指導者は戦後、鼓腹撃壌となった日本にはいませんでした」と解説した後、岩田氏も同書で「安倍総理から『日本は勝てるのか』と言われましたが、この質問をしたのは、これまで安倍総理一人だけです」と述べている。】とあるだけで、前述の書には、たったこれだけの内容しかないから、岩田氏らがどう回答したかは不明である。だから想像する以外はないので、これ以上の“詮索”はしないことにするが少なくとも自衛隊が「最大戦力」を発揮して戦うためには「新憲法の壁」が大きく立ちふさがっていることを「進言、または元総理が「指摘」したとは考えられない。

 そこでこの書の書評を書いた宮崎正弘氏も、【さて本書を読んでさすがに防衛のエキスパートの議論だけに、日本防衛の問題点、その脆弱性が精密に把握できる。近代的合理主義に立脚した,緻密な防衛議論だが、読後の感想はと言えば「菊花の香りがしない」である。さはさりながら現代日本防衛の問題点とは、法律の未整備、省庁間の統合のなさ、最高司令官と自衛隊との倒幕的ネットワークが不在。

 そのうえ戦術的なことを言えば武器弾薬不足、国内の中国の代理人への対策が不在、戦争準備段階で、まず行うべきことは「国内の敵」の排除ではないのか。法律などあとから変えれば良いのであって緊急事態には超法規的な措置を執る必要があり、またそのため訓練が欠かせない。】と書く以外にはなかったのだろう。

いささかこの本は”奇をてらった”タイトルが先走っている気がした。

ところで、報道によれば、在沖米海兵隊が離島の災害救援訓練などのため、沖縄県宮古島市にある下地島空港の使用を県に申請したところ、県が許可せず、使用を断念したことが19日、分かった」とある。

 私が沖縄勤務の時には、地元から「下地島防衛庁が管理してほしい」と非公式に打診されたことがあったが、この時は防衛庁の方が反対運動を懸念していて取り合わなかったことがあった。その後地元議会の「下地島空港自衛隊利用」について賛否を問う投票が「一票差」で否決された経緯があった、と聞く。

宮崎氏の論を適用すれば、このように「国内の敵」はいまだに多く潜在しているということか。

 

あれから26年余、南西方面が風雲急になっても未だに変わりがないというようでは、勝てる戦闘にも勝てるはずはない。

普天間基地の代替工事も進んでいないのだから、沖縄県民は真剣に領土防衛を期待しているのか?それより「首里城の修復」の方が最優先事項なのか?と疑問に感じる。

自衛隊は未だに「警察予備隊的存在」で、自衛隊員自身がやる気を失いつつあるのだから、“敵”の熟しガキ作戦は功を奏していると言えよう。

偶々産経にこんな記事が出ていた。

今、同じ共産専制主義国のロシアが、占領地で行っている暴虐行為である。シナも同じ「共産専制主義国」である以上、ウイグルや香港でやっている、これと同様な行為をすることだろう。

しかし「沖縄だけは違う」というのならば、自分で自分たちの島を防衛すればいい。

安倍元総理だったら「君たち、本当に守れると思っているの?」と県民に聞いただろう。

 

自衛隊は列国軍隊と同様な実力を持って居ることは、過去の中東派遣などで実証済みであるが、法制的には「警察予備隊」に過ぎないのだから、その落差を埋めて実力を十分発揮できる組織にするのが「政治家の使命」であり、少なくとも「武士の端くれ」として、「武士は死ぬことと見つけたり」だという精神を維持して、日々訓練に励んでいる隊員たちに、最高指揮官自らが「勝てるのか?」などと問いかけるような無礼な行為をしないようにしてほしいものだ。

最近目立つ「自衛隊員たち」の不祥事にも、関連しているように思われてならない。

 

ついでに拙著を紹介しておきたい。タイトルは「安保体制」になっているが、中には「国家とは。国防とは何か」について書き、結論は「憲法によって国防意識は低下させられた」ことを証明し、そして「まっとうな軍隊にするための提言」を書いておいた。

現有戦力の差だけではない。「何から何を守るのか」が不明では「勝つ、負ける」を言う段階ではない!と言いたかったのだ。

新年早々から、なんとなく気がかりなこと。

12日づけの産経新聞に、阿比留論説委員編集委員の次のような記事が出た。

『君たち、中国に勝てるのか 自衛隊最高幹部が語る日米同盟v中国』(産経新聞出版)の読後感を整理したものなのだろう。

 

『君たち、中国に勝てるのか 自衛隊最高幹部が語る日米同盟v中国』と、安倍総理が発言した言葉を表題にした、いわば産経新聞出版の新刊書籍の紹介文といえるが、共著者たちである自衛隊高官たちの感想?になんとなく違和感があって、理解に苦しんだ。

尤も本を読んでいないのだから、話にならない(近く購入予定)のだが、今朝の「宮崎正弘の国際情勢解題」の書評欄に出ていたので、それを読んでなんとなく出席者の発言などが想像できた。書評にはこうある。

 

【軍事評論家が多数出席のテレビ番組に呼ばれ、数年以上は前の話だが、三時間の収録を終えて二次会に移る前に故西部邁氏が自衛官OB諸氏を前に言い放った。

きょうは何時クーデターをやるかというはなしを期待していた

 そのあと新宿の酒席に場を移し、評者(宮崎)が西部氏に言ったことは、「三島由紀夫さんが生きていたら今日のような座談の場には耐えられず途中退席だったでしょう

 国防の使命とは国土と国民の生命と財産を守ることであるが、魂を守る,文化を守るという武士道的な規則は掲げられていない。三島の檄文は「魂は死んでも良いのか」だった。

 安倍首相は筆者らに問うたという。

「君たち、中国に勝てるのか?」「自衛隊員は何人死ぬのか」

 (中略)

さて本書を読んでさすがに防衛のエキスパートの議論だけに、日本防衛の問題点、その脆弱性が精密に把握できる。近代的合理主義に立脚した,緻密な防衛議論だが、読後の感想はと言えば「菊花の香りがしない」である。

 さはさりながら現代日本防衛の問題点とは、法律の未整備、省庁間の統合のなさ、最高司令官と自衛隊との倒幕的ネットワークが不在。

 そのうえ戦術的なことを言えば武器弾薬不足、国内の中国の代理人への対策が不在、戦争準備段階で、まず行うべきことは「国内の敵」の排除ではないのか。

法律などあとから変えれば良いのであって緊急事態には超法規的な措置を執る必要があり、またそのため訓練が欠かせない。】

 

‟老兵”は、保守派のシンボル的に評されている安倍元総理の本音は、そこにあったのか!と納得がいった気がした。

帝国陸軍のバイブル的存在である「統帥綱領」第一章「将帥」の頭書には「古来軍の勝敗はその軍隊よりも、むしろ将帥に負うところ大なり」とあり、「勝敗は、将帥が勝利を信ずるに始まり、敗戦は、将帥が戦敗を自認するによりて生ず。故に、戦いに最後の判決を与うるものは、実に将帥なり」とあり、解説には【勝利は物質的破壊によって得られるものではなく、敵の戦勝意欲を撃砕することにより、初めて獲得できる】とある。

頭から「君たち、敵に勝てるのか?」との「将帥の発言」は、軍務に携わる将官たちに対して無礼極まりない発言ではないのか?私だったら、「そんな態勢に追い込んだのは、民主主義を標榜する政府自身じゃないのですか?」と。

むしろ自衛隊に理解があるとされた安倍元総理ではなく、総理が自衛隊の最高指揮官であることさえ知らなかった、民主党時代の菅総理の方が、“正直”だったと言えないか?

この発言に対して誰一人として将官たちが“具申”しなかったとは「さすがは物分かりがいい方々」の集まりだと言いたい。全国の部隊で、黙々と「人が嫌がる任務」につかされている隊員たちの面目をつぶしたと言えよう。部下たちに対しては「ことに臨んでは身の危険を省みず」と教育してきた身が、事ここに至って「お母ちゃんが大事だ!」と「同感」する気か!

今やOBだからそうなのかもしれないが、現役だったら下克上に会うかもしれないぞ!次の産経抄を読むがいい。

こんな”雑業ばかり”させられていて、軍事能力が向上するはずはないだろう。

防大生時代、「税金泥棒が歩いているぞ!」などと大企業の組合員たちから罵詈雑言を浴びせられながらも、じっと耐えて軍務に邁進して来た“まじめな”OBの一人としては耐え難い。

ウクライナに攻め込んだロシアのプーチンは、いよいよ打つ手がなくなったらしく“暴発寸前”だが、ウクライナのゼレンスキー大統領は必死になってそれを撃退しようとしているし、国民は黙々と従っている。そんな彼に向って「あんた‼ロシアに勝てるのか?」と聞いてみるがよい。

同じ産経に皮肉にもこんな記事がある。

人は「パンのみにて生きるにあらず!」ウイグル人たちの苦悩を見るがよい!そんな扱いを受けても構わないという気か!三島由紀夫が市ヶ谷台上で檄を飛ばしたが、今や“現代の指揮官”は部下の命、家族の命の方が惜しいと、戦う前に「命乞いする気か!」

 

保守派“有識者”に笑われるだろうが、大東亜戦争末期の19年10月20日特別攻撃隊出撃に当たって、大西海軍中将が出撃隊員に向かって訓示をしたが、このとき大西長官が壇上から「君たち、本気で米国に勝てると思っているのか?」と呼びかけたとしたら、これほど不謹慎な発言はあるまい。

中将はこう言った。【皆はすでに神である。神であるから欲望はないであろう。もしあるとすれば、自分の体当たりが無駄ではなかったかどうか、それを知りたいことであろう。(以下略)】

そして終戦とともに、愛する妻に遺言を書き残して、特攻隊員たちの後を追って、壮烈な自刃を遂げた。これが戦場体験のある「指揮官の姿」である。

 

しかし、想像すれば、宮崎正弘氏以外、誰もこの問題を取り上げないが「靖国の英霊方」は怒っておられるに違いない。いや最高指揮官の無責任な発言に、三島由紀夫氏も「とうとう来るべきところに来たか!」と絶句しておられるに違いない。何時から“自衛官たち”はこれほど臆病になったのか!と。

語ればきりがないが、肝心な「本」を読んでいないから真相はわからない。それに加えてPCにも不具合が起きて、今日まで更新できなかった。

ウクライナ戦争の成り行きを見ていて、今年は不穏な年になると予感がしているさなかなのだが、それにも増して、この国の将来の方が不安になる。私が「新年おめでとう」と言えない理由である。

 

 

令和4年を終わるにあたって

令和4(2022)年も明日一日を残すだけになったが、世情を見ているととても素直に「新年」が喜べそうにない年が迫っているように見える。それでも皆さん「謹賀新年」と書くのだろう。

それは一種の願望のようなものであって、そうあってほしい!と祈るような気持ちがそう書かせるのだと思う。それともマンネリか?!

 

2月にプーチンという邪悪な男?がウクライナに攻め込んで早一年になろうとしている。その間のウクライナ国民の苦悶と犠牲は言語に絶するものがある

ロシアはインフラを破壊しつくそうとしているようだが、相手が攻撃してこないとみるや、とことん非情になる民族だから始末が悪い。かろうじて第二次大戦で勝ち組に入ったものの、相手がそれ相応に反撃してきたときは、常に負けている国だ。

第2次大戦がそれをよく表している。ドイツとポーランドを勝手に分割占領し、今度はドイツが攻め込んでくると、金持ちの米国に縋りつき、かろうじて勝ち組に入ったが、戦後創設された「国連」という戦勝国が自由にふるまえる組織のなかで、つねに自己の利益を主張して、活動を阻害してきた。今頃、国連からロシアを除名せよ!との声が上がっているがすでに遅かろう。

ウクライナを侵略したものの、指導者の読みが浅かったため、苦戦どころか敗戦に近い有様の様だが、ウクライナも戦略物資の不足の上、反撃侵攻できないから、ロシアに対して有効な手段が取れずにいる。

しかし、ゼレンスキー大統領を先頭に、国民が一丸となって「反抗」している様は、絶賛に値する。まるで「負けたら地上から消滅する」と覚悟しているようだ。

さて、ロシアにとってはこの戦争も国際的には不評だし、自国民の離反も出てきているから、反対者を”暗殺”しても追いつくまい。攻め込んではみたものの、今年一年持ちこたえれらるだろうか?無責任な指導者だ!

ウクライナは、この冬を乗り切ったら、ロシアに対して「報復行為」にでるのではなかろうか?勿論“同志の支援”を得て!

 

そのあおりを受けてか、日本もようやく「自国防衛」が必要だと認識され、「反撃能力」を持とうと決意したし、防衛費の増額はもとより、防衛3文書を改定するなど、おっとり刀で「体制」を整備しようというところまで行ったが、どこまで‟本気”なのか? すべての根源は「新憲法」にあることが分かっているはずなのに、気が気じゃない。

こういうところが「画竜点睛を欠く」というのだ。

しかし、奥座敷に上げられて、政治はじめ防衛問題から長年遠ざけられていた国民の多くは、少しは現状認識が高まったことだろう。

今まで、メディアで解説されてきていたようなことにはかなり「フェイク」が交っていたということが…

 

今や新聞紙よりもインターネットで情報は取れるようになってきたが、それにしても我が国の防衛力整備は遅れていたのだな~と一般国民は気が付いたと思う。

 

それも手伝って、多くの国民のなかには、「社会的矛盾」が蓄積されているに違いない。ロシアや中国で起きている「デモ」とは一種異なった矛盾である。

 

ある意味それは正しい情報が発信されていない、という「政治不信」とでも言うべきものだろう。何しろ「大臣様」が全く信頼できない人たちの集まりだし、陰で動かしている「実力者」がこれまた人間として信頼できないからである。昔だったら共産国とは一種違った【百姓一揆】が起きてもおかしくないだろうが、それは「実力者」という人種が、およそ平民とは異なった考えと行動をとっているからだ。考え方も行動も「シーラカンス」なのだから。

ところが、そんな我が国に“変化”がこの参院選で起きた。不偏不党、というより、庶民が聞きたがっている防衛問題や、政治、メディアの問題に、勇敢にも切り込んでいき、正しい情報を伝えようとして、初戦ながら1議席を獲得した「参政党」の出現である。

来年は衆院選が行われる。おそらく今の“政府与党”は惨敗するに違いない。惨敗でなくとも相当‟苦戦”をすると思われる。投票率が50%に満たないのに、議員に当選するような政治制度は、多数決の名が泣く。有権者の半数は明確に投票していないのだからナンセンスであり、これほど民主主義政治の欺瞞はあるまい。立候補者は信用されていないのである。

それでもバッジをつけると一人前だと錯覚するから恐ろしい。何が「当選万歳!」か。

一般国民は、正確な情報を求めている。口先だけではなく、足が地についている議員を求めている。

他方、野党はまるで劣化したコンクリート!強そうに見えるが、中身はボロボロだ。

 

さて、新しい年は、世界中で想定外の事象が連発するだろう。武漢ウイルスも猛威を振るうに違いない。食糧危機、医療の混乱、紛争の多発、自然の猛威。。。などなど、これを救うのは今、スポーツ界などに流星のごとく現れて、活動している「スターチャイルド」に期待する以外ないのかもしれない。

 

読者諸賢の幸運を祈願したい。

 

歴史は繰り返す!【天網恢恢疎にして漏らさず】

1941年12月、連合艦隊がハワイ真珠湾攻撃に踏み切った時、大方の日本国民も「快哉」を叫んだが、誰よりも快哉を叫んで「安堵」したのは、英国首相のチャーチルであった。

ヒトラーに攻撃され、フランスに駐屯していた英国軍は、ダンケルクから辛うじて撤退したものの、何時なんどきヒトラーが英国に上陸してくるかわからなかったし、大西洋上でUボートの活動により、補給物資が危機に瀕していたからである。

その時大活躍したのが「英本土防衛のための戦闘機部隊」で、彼らの献身的活動でかろうじて上陸は免れていたから、チャーチルは一刻も早く「親族国家?米国の参戦を切望していたのである。しかしルーズベルトにはそのきっかけがなかった。ヒトラーはその手に乗らずに、米国の参戦を回避していたが、日独伊、三国同盟の締結をきっかけに、ルーズベルトは日本を参戦に踏み込ませるためにありとあらゆる策謀を展開し、ついにハルノートを突き付け、日本人に「義憤」の感情を高めさせ、それに乗っかった連合艦隊のハワイ奇襲作戦?を成功させた。山本五十六はまんまとその手に乗ったのである。

戦史を見れば明らかなように、真珠湾攻撃に対する米国の反撃第一号は、日本ではなく対独戦争開始であったから支援物資は英国第一に送り込んだ。彼にとっての主戦場はあくまで「大西洋」であり、太平洋は第2作戦であった。チャーチルはこの時ほど神に感謝したことはあるまい。アメリカを欧州の戦争に「引きずり込んだ」からである。

ロシア(ソ連)も対ドイツ戦争に踏み切ったが、これも米国からの「援助」が期待できると見たからであり、第2次世界大戦は、「アメリカの参戦」がなかったならば、ドイツの勝利に終わって「第3帝国」が取り仕切っていたことであろう。そして世界情勢は価値観が大きく変わった、今とは全く違った様相を呈していたに違いない。

 

ウクライナのゼレンスキー大統領が、突如ワシントンを訪問して、米国から多大な「戦時支援」を獲得したが、この時のチャーチルの立場に似ている。

つまり「歴史は繰り返した」のである。

当時と違うのは、ソ連のような行動がとれない今のロシアであり、経済的に落ちぶれつつあるとはいえ、米国は未だ軍事力では相当な水準を保っているから、これでウクライナNATOは一息つくだろう。

問題はロシアだが、情報によると、相当戦力的に不利な立場にあるようで、プーチン氏も気が気ではないようだから、第二次大戦の時とは異なり、最後にはこの戦争で「核恫喝」という手を使うかもしれない。

しかしそれも自国民に厭戦気分が生じ始めていて必ずしもロシアは一枚岩では無いようだから「核使用」がどこまで有効な手段になるかは不明だ。

しかしP氏はさっさと身を引くこともできまいから、やはり彼が常套手段にしてきた「ロシア特有の暗殺」が彼の身に起きるかもしれない。

いずれにせよ、自らが引き起こした戦争であるから、当然責任は取ってもらうしかない。「責任をとる」とはロシア語で何というのか知らないが・・・

 

西側の戦争に刺激?されたわけでもあるまいが、東側のアジアではその代表格?たる中国に、新型(かどうかはわからないが)コロナが蔓延しており、「ゼロコロナ」どころか、主席はじめ要人らと2億4000万人が罹っていてるらしい。

 武漢研究所から生物兵器であるこの菌をばらまいて対米有利に進めようとした責任は、当然中国にあるのだから、「〆」は中国にやってもらいたいものだ。この国でも「責任を取る」「〆る」という言葉はあるのかな~

いずれにせよ「無責任大国」の先も見え始めた

今日は西欧中心のクリスマス、とりわけ我が国とは関係がない行事だが、これが終わった後の日本の新年は、神の国らしい「穢れのない年」になってほしいものである。

 

「天網恢恢疎にして漏らさず」とは、「天網は目があらいようだが,悪人を漏らさず捕らえる。天道は厳正で悪事をはたらいた者には必ずその報いがある。」という意味だが、どなたかロシア語と中国語に変換して教えてあげて欲しいと思っているのだが・・・

 

届いた書籍のご紹介

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島嶼研究ジャーナル:島嶼研究センター・¥1000+税」

島国日本の基礎的な研究に邁進している資料である。

 今回は「1965年の朝日放送番組「リャンコ~竹島と老人の記録」と「橋岡アルバム」ー竹島アシカ猟写真の拡散の検証「失地回復主義的中国の2021年から2024年までの海洋作戦?」が光っている。

いずれにせよ貴重な専門的資料集だ。

防衛論議に欠けている視点

昨今、華々しい?防衛論議だが、不遇?のうちに勤務を終えたOB(老兵)の立場から言わせてもらうと、どこかピントがずれているように思えてならない。

昭和34年に防衛大に入校した私は、祖国防衛という名誉ある使命感に燃えて、小原台に入校したが、制服で外出(当時はすべて制服であった)して横須賀市内を歩いていると、「税金泥棒が歩いているぞ!」とハンドマイクで叫ばれ、メーデーでデモ行進している‟労働組合員”たちから、罵声を浴びたものである。しかし我々は「覚えておれ!いずれ再軍備され国軍将校になるのだ。それまでの辛抱だ」と自分に言い聞かせてきたが、あれから70年経ったものの、「憲法違反?の存在」だという位置づけは変わらなかった。

私は念願の戦闘機乗りになれたからよかったものの、なれなかった仲間は沈んでいたものだ。

あれから38年間、制服を来た生活を送ってきたが、徐々に変化はあったものの、憲法改正」はついになされずじまい、そしてもちろん「国軍」も誕生しなかった。

階級も「一等空佐、三等陸佐」などという奇妙な呼称のままで、将官に至っては「警察予備隊当時の将補」という呼び名で階級章には★二つ、しかもその上は「将」と呼び、星は3つになったが、友好国を訪問した「幕僚長」も星3っつだったから米軍は「中将扱い」で、プライドの高かった源田空将は、訪米時に予備の星をもっていき、米国滞在中は肩章に4っつつけて過ごすという、「規則違反」をしていた。

いずれも「軍隊の何か」を理解できない政治家等の罪だが、その後ようやく「幕僚長は星4つ」に改定されたものの、呼称は「将のまま」だったので、空将には星4っつの「A級空将」と、3っつのままの「B級空将」が存在することになった。しかし国内で混乱するので、星4っつは「幕僚長」と呼ばれ、「並の将官」と区別されるるようになったが、その後統合幕僚長が出来、彼も4っつだから「自衛隊には4人の大将」が出来たのである。実は昔からそうなっていたのだが、それは欧米の軍隊と呼称を合わせていたので、名刺には「英語読み」で書かれていたから、一応正常な形になっていたのである。

全く「落語の世界」そのままだが、自衛隊はそれに黙々と従ってきた。そんな不都合な姿に業を煮やした「三島由紀夫」は、壮烈な檄を飛ばして市ヶ谷台上で自決したのだった。

なんとなく国民に「自衛隊の活動が評価されるようになった」のは例の3・11からだと私は思っている。もちろん部隊が存在する市町村では、自衛隊は「正規の?市民並み」に扱われていたが、都心部では抵抗が強く、特に沖縄では「非人扱い」、都心部の小学校では、自衛官の子供に対して「父親は人殺しだ!」と決めつけて恥じないのが常態だった。今でいう「ウイグル人」のようなものである。

 

ところで昨日の産経抄氏は「便利屋」としてこき使われる自衛隊について、一矢報いて?くれたが、これは氷山の一角に過ぎない。

雨が降っても、雪が降っても、豚が死んでも国が対応できなくなると、すぐに「自衛隊!」とコキ使う。財源が少ない地方自治体は、自衛隊を使って「人件費」を浮かせるから、これ幸いと何でもすぐに呼びつける。

防大生のころ、伊勢湾台風で中京地区は大被害を受けたが、この時災害派遣で出動した水兵と喫茶店で会った時、防大生たる我々に意気込んで体験と要望を話してくれたが、一番癪に障ったのが「オイ自衛隊!乾パンばかり持ってこないで、時には握り飯でも持ってこいよ!」と言われた時だと、彼は憤懣やるかたないように語った。横須賀から船舶で駆け付け、水没している家屋をボートで巡回し、被災者に食料を届けていた時のことだという。

こんな横柄な奴にも、丁寧に接しなければならないのですか?我々も人間だ。我慢できることと出来ないことがある。防大生は将来偉くなるのだから、キチンと言うべき時には言うようにしてほしい

 

それから35年後、JAL123便が御巣鷹山に墜落して120名もの犠牲者が出た。この時、新聞TVは、民間機側の「整備不良」は取り上げず、「自衛隊の救援が遅い!」と自衛隊に責任をなすりつけ、いわれなき罵詈雑言をたたきつけてきた。

当時空幕広報室長だった私は、防衛庁の役人も「内弁慶」で、自衛隊高官も、ひどい記事だ!と怒るだけで「反論」しようとはしなかったから、当時内局広報課長と空幕高官に「現場で黙々と作業している隊員たちの名誉を守るためにも、事実関係を示して反論する」と断り、どこも取り上げてはくれなかったからミニコミ誌で反論したが、これが国会で問題になって部内で干されることとなった。しかし、私は防大生時代に語り掛けられたあの水兵の意思を受け継いだと、満足している。

自衛隊が「活動」したときには評価せず、不具合な事例が起きると、根ほり葉ほり針小棒大にたたきまくる。そんなメディアの体質と、口先だけの政治家とフェイク記事を書いて恥じないメディアに対しては、なぜか口を閉ざす体質が自衛隊側に今でも残ってる気がしてならない。

 

次は葛城奈美女史の記事であるが、第一線隊員たちの心情を伝えていると思う。

上から目線で書き下ろす記事よりも、このように足が地に着いた内容の記事こそが、内容を国民に伝えているのであり、軍事の基本さえわきまえていないお方の唱える「防衛論議」は百害あって一利なし、だと私は思っている。

 

届いた書籍のご紹介

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Hanada 2月号

国民を奮起させようと色々な書き物がそろっているが、244ページの「自衛隊員は泣いている。防衛費不足で官舎もボロボロ」という小笠原理恵女史の一文は、まるで我々の時代を書いたもののように思えるが、未だにそんなに「ボロボロ」なのかな~。確かに民間のマンションには比べようもないが・・・・

今日のブログと併せてご一読あれ!

WⅰLL 2月号

高市総理…」はじめ国内政治家の話題よりも、「チャイナリスク」の方は注目すべきだろう。

相手は着々と「超限戦」を仕掛けているのだから、油断できない。