軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

入院日記 地獄篇 (その5)

 ラジオが、四川大地震の物資輸送に、空自のC-130を使うことがキャンセルになったと伝えている。
 これが実現すると「日中関係の歴史的転換だ!」などと政治家もメディアもはしゃいでいたが、私は当初から“絶対に不可能だ”と思っていた。
 たまたま入院直前の5月28日に産経新聞社で湯浅氏の講演を聴いていたとき、彼が「今入った未確認情報では、中国が自衛隊の派遣を要請しているというのですが、多分衛生部隊を要請してきたのでしょう」と言った。それが実は「C-130の派遣要請」として巷間大きく伝えられたのだが、そんな折、私は緊急入院してしまったのだったが、私の予想どうりこれがキャンセルになったのである。
 不確かな情報をメディアが「特種?」として流した好例?だが、その裏で“福田政権の人気回復という功を焦る政府関係者”がリークしたのであろう。
 中国人民解放軍副参謀長が「被災地(重慶)の人民に与える心理的な影響を考慮」してキャンセルしたと言った。その昔、帝国海軍航空部隊が重慶爆撃したことを根拠にしていたが、これこそ「体のいい言い訳」であって、この国の人民が70年も昔のことを未だに怨みに思っているのだとしたら、そんな「怨み辛みを忘れない」異様な人民の国との「友好」なんぞ確立できるわけはないのであって、いい加減で手を引くべきであろう。
 考えてみるが良い。丁度日本人が、上空を米軍機が飛ぶことに“不快感”どころか恨みを募らせるのと同じではないか。重慶市民は、広島、長崎はじめ、東京など主要都市で無差別爆撃を受けた日本国民が、広島・長崎・羽田空港横田基地に「星条旗」を付けた航空機が乗り入れているのを容認していることを、どう感じているのだろうか?
 上空を飛行する「米軍機」に対して未だに怒り狂っていなければならないとしたら、日米どころか、世界中に「平和」が訪れるはずはない。果たして重慶市民はじめ、中国人民が本当にそんなことを思っているのかどうか?思っているのだとしたら、「和を持って尊しとなす」優しい日本人を中国人民は決して理解できない筈だから、日中友好マボロシに過ぎない!
 インターネット上に「日帝・・・」として反対したのが約7割、「救済行為・・・」として賛成したのが3割だそうだが、数字自体の正確度はともかく、これら反対意見の大多数は、胡錦濤政権に反対している勢力の手先だと考えてよかろう。
 今回の件は、胡政権が“日中友好”の成果確認のためのアドバルーンだったのではないか?ところが予想どおり反対勢力の意見がネット上で流れたので、キャンセルしたに過ぎないのではないか?「自衛隊機派遣」という「福田政権が飛び上がって喜んだ」情報は、胡政権が反対勢力を見極める材料に使われたと見て差し支えあるまい。
 それよりも人気下落が止まらない日本政府関係者の方が聊かはしゃぎすぎであった。外務省も内閣官房も、この情報を福田政権の支持率アップに利用しようとしたのだろうが、功を焦りすぎた感がある。
 考えてみるが良い。日本からテントなどの救援物資を運ぶのに、何でC-130という足の短い輸送機を使わねばならないのか?民航機のほうが輸送効率ははるかに高い。成都などの軍用基地から、奥地で着陸場がない被災地間への緊急輸送だったらC-130の方が優れているが、秘密を維持している人民解放軍基地内に、空自の機体の受け入れ始め、燃料補給、整備支援などを人民解放軍が許すはずはない。
 米軍は先刻承知だったから、大型輸送機でしかも中国側の給油を受けずに済むように、空中給油しつつ作戦を遂行している。そんな情勢を十分に分析していなかったことは、官房長官の嬉しそうな記者会見から想像できる。つまり、“軍事音痴の商人たち”の考えが先走った結果、「衣の下から鎧」が覗いていることを中国人民に察知されたのである。
 地震発生直後から、日本政府は何とかの一つ覚えのように「人道」「救援」を最優先に掲げ、5億円もの国民の血税を注ぎ込み、熱心に救援活動をしたから、人民の一部が感謝しているのは事実だろう。しかし、ここに来て他に手段があるにもかかわらず、旧軍をイメージさせるC−130の乗り入れを最優先させるがごとき日本政府の対応に疑問を感じたのである。「やはりそうだったのか!」と。それを胡政権反対派が利用したのである。
 今回は、仮に「自衛隊機乗り入れ」を中国側が打診してきたにしても、日本政府としては「しめた!」と諸に感情を表に出すことなく、「人道・救援のためには、日本政府は如何なる手段を用いても支援するが、日の丸をつけたC−130乗り入れは過去の歴史上の経緯から、貴国の人民の感情を害しかねず、貴政権に不利になることも予想されるが、いかがなものか?」と逆に打診し、「日の丸をつけたC-130で一向に構わない。歴史問題は既に日中間の“過去の問題”であり、解決済みと認識している」と中国側から言質を取るべきであった。「人道最優先」だと公言している以上、そうするのが「鎧」を見せない“旨い”外交というものである。
 いずれことの詳細は明らかになるだろうが、北京での双方の交渉の中で、防衛駐在官と軍部とのやり取りの一部に、どちらが先に言い出したにせよ「軍用機使用の打診」が含まれていたに過ぎなかったのではないか?それを“小躍り”した政府関係者が優先的に伝達したので、よく煮詰められないまま情報が「一人歩きした」のだろう、と私は想像している。
 この問題は中止になったが、一部外交官や政治家の出世を考慮した個人的得点稼ぎ?とまでは言わないまでも、日中間の今後の外交に大きな禍根を残した「悪例」といっても過言ではない。
 とまれ、この程度の大局観のない政治・外交交渉術では、今後の日中、日台間どころか、国際間の各種交渉の先行きが思いやられる・・・


 点滴棒につながれて、身動き取れないままに二日目の夜を迎えたが、点滴のせいか食欲が湧かない。排尿は24時間で8回を数える。
 たゆみなく体内に注入されている点滴液を見ながら、「馬鹿馬鹿しい政治問題から解放されねば、病気がよくならない。家内から“ゲンメイ”されたばかりではなかったか!」と反省しきりの二日目であった。            (続く)

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