軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

安倍前首相の靖国参拝”スルー”を残念に思う

総理大臣ではなくなった安倍晋三氏が靖国神社に参拝した。

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その裏に解説記事が出ているが、その中に靖国”スルーの本音”が透けて見える。

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記事には「ここで私が行くと、次の菅政権に負担をかけることになる。それに退任直前に行くと、それは(英霊の追悼目的よりも)かなり自分自身のためということになる」と語っているのだ。

「祀られている英霊の気持ちよりも、自己中心であった」ことがにじみ出ていて、いかにも”触らぬ神に祟りなし”と言っているようで、情けない。

なぜ自分の代でこの問題に決着をつけなかったのか?並の政治家や官僚が得意とする「後任者負担」そのままではないか!

総理大臣時代には「ポケットマネー」で榊を奉納していたが、これこそ個人の行動であり、英霊が望んでいる「日本国の総理大臣」という立場ではなく、「国会議員安倍晋三」でしかなかったし、退任後は「前内閣総理大臣安倍晋三」と記帳している。ともに「公人としての資格を隠した行為」であり、英霊を侮辱するにもほどがある、と私は見ている。

先の大戦では、わが将兵の多くは終戦のご詔勅後も海外に居残って植民地解放のために現地民と共に戦いつづけ、昭和50年4月30日、サイゴン 陥落で米軍を追放した時点でもってアジアを開放し、大東亜戦争の目的を達したのであったが、肝心の本国の方は戦後75年間『白人の植民地』と化して何ら恥じるところがなかった。

 

8月15日の参拝に私がこだわるのはそこにある。

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今年の終戦記念日も大混雑だった。2020・8・15の靖国神社(ロイター)

 

にもかかわらず歴代の総理大臣は、票と権力を失うことを恐れて権謀術数をもてあそび、あるいは”実力者を恐れて”、200を超える世界の国々の存在よりも、たった1か国の恨み節におびえる始末。内政干渉を排除する意欲さえ感じられなかった。

 

以前、フジTVのプライムニュースに、陸軍特攻隊の生き残り・板津少尉(出撃時20歳、当時88歳)と出演したことがあったが、氏が出撃した振武隊員は12名で、出撃前に全員で「靖国神社の大鳥居の前に集合、全員そろって境内に進もう」と約束したのだという。

しかし彼はエンジントラブルで離島に不時着、助かった彼は漁師の支援を得て知覧に戻り、再出撃を試みたが、ついに果たさず生き残った。

その後知覧資料館の初代館長を務める一方仲間の供養を続けてきたが、他の二人も墜落して重傷を負っていたので、3名が集合できず9名はまだ大鳥居の前で待っていると気に病んだという。

これが当時の青年たちの心情であったのだが、なかなか理解できない司会者がいて、私は何度か口をはさんだものだ。

 

総理就任前に「自信と誇りの持てる国へ」と豪語していた安倍首相も例外ではなく、自ら闘いを忘れて≪闘わない政治家≫への道を踏み出した、と私は2度目の離任劇に落胆している。著書「美しい国」の本文に彼自身?が書いた「決して批判の矢面には立とうとしない政治家」にならない真の政治家の出現に大いに期待したのだが、やはり「靖国」を「自分自身のために」利用した「闘わない政治家」に過ぎなかったと言われても仕方あるまい。

今日は秋分の日、玄関先の国旗を収納しながら、英霊にお詫びを申し上げたが、今日の産経抄氏も、今回の安倍氏の辞任劇に物足りなさを感じていると見た。

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保守派を代表する各雑誌には、日本人らしい「いたわりと慰労」の言葉が並んでいるが、ご本人はそれで満足なのだろうか?

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再任後、硫黄島を訪れて地下に眠る英霊に対して土下座したのはいったい何だったのだろう?政治家らの言動は全く信じられないし、理解できない。

 

届いた雑誌のご紹介

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Hanada11月号 コメントは不要だろう。