軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

「守る手立てはなかったのか?」

大阪市北区の雑居ビルにあるクリニックで発生した放火殺人事件で、“犯人”は明らかな意図(殺人)をもって行動していたことが分かった。たった一人の狂った人間(人間と呼ぶに値しないが)に、人助けに奔走していた院長はじめ25名もの“善良な市民”が殺戮されたことは痛恨の極みだろう。

21日の産経抄氏は「心の傷の癒しを求める人たちの大切な砦だった。守る手立てはなかったのか」と慨嘆しているが、私はこの事件が最初に報じられ、見取り図が報道されたとき、防災関係者がどうして気が付かなかったのか?と疑問に思っていた。

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これまでも数々の雑居ビル火災時に設備の不備が指摘され、多くの死者が出たことに消防関係者は慌てふためくのが常態だった。

近くでは2019年(令和元年)7月18日に京都府京都市伏見区で発生した放火殺人事件(京アニ事件)がその実例だが、意図的に“殺人”を計画し、準備周到な“犯人”の行動は平和な環境下で生活している一般人には想定できないものだから手の打ちようがない。

連続した「電車内での事件」も「通り魔事件」も完全に防御するためには、性善説を放棄して市民各位が常々周囲に警戒を怠らず、万一その兆候を感じた時には、機先を制して取り押さえるか、それとも武芸百般に通じる鍛錬を重ねていて、直ちに反撃してねじ伏せるかしか方法はなかろうから、江戸時代のように、武士は帯刀して備え、やくざは脇差武装する以外にはあるまい。

近代法体系が完備して以降、廃刀令が実行され、庶民は刀を持つことは許されなくなった。勿論所持すれば法律違反で逮捕される。その代わり国家機関が取り締まってくれるはずなのだが、この“犯人”のような“人型生物=人間の皮をかぶった魔物”には通じないから凶器を持つ。だから善人は被害を被るだけである。

明治以降、警察が強力な権力を持ち、代わって裁判官が罪を裁くこととされたのだが、最近は「人権重視策」でなんとも緩いから被害を受けた方は浮かばれない。

世田谷一家殺人事件を見るがよい。殺された者は当然ながら、親族も全ての楽しみは消され、苦しみの中で生きていかねばならなくなるのだ。

国家の組織はそのためにあるはずだが、特に戦後政府の組織は弱体化の一途をたどっているように見える。

今回の場合は、まずは「消防法」関係での見落としが指摘されているが、何時も起きてしまってから「教訓」が叫ばれるだけだ。起こってしまってから長官が現場を視察し、「二度と悲劇は繰り返すまい」と関係者は記者会見しておしまいだ。

産経抄氏は「守る手立てはなかったのか」と慨嘆したが、それぞれの組織が己の任務を忠実に遂行していたら防げたと思われるが、管轄する施設が多すぎる以上、まずはその施設を使用している関係者が、「防火上、患者や客の安全確保」上、施設に不具合がないか?と点検しておく必要があっただろう。

 

軍隊=自衛隊では危機管理上の点検は徹底している。それぞれの“専門官”が要所要所を点検して不具合があれば直ちに是正させるからである。もっとも、予算不足が常態化していた私のころは、大がかりな施設の修繕は不可能だったが・・・

国家安全保障という国家の危機管理さえも“放置”してきた政府に今回の様な“事故”を防ぐよう期待しても無理だろう。

つまり、国民、市民各自が己の身を守る努力を怠ってはならない、ということだ。政治家等?は自己中心的で、己の利益と保身ばかり追求しているのだから、国民、市民もせめて己の安全管理は彼らに任せてはおられないということだ。

 

海外を見渡せば今回の“犯人”以上の“悪人”がゴロゴロといて虎視眈々と我が国を狙っているのだから、いつなんどき侵入されて焼き討ちに会うかわからないのだ。

今回犠牲になった皆さんに哀悼の意を表したい。

 

 

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