軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

中国漫遊記18「蘇州会議その7」

 夕食会は大いに盛り上がった。私のテーブルには軍人が集まったが、公式会議の場では言えない?会話が弾んだ。
 潜水艦の領海侵犯事例では、中国海軍はかなり神経を尖らせているらしく、「あの行動は予定外の行動であった」とする意見が大半であった。また、現役時代に、航海に出航する際、「日米海軍艦艇に出会わないように、と極度に遭遇する事を恐れたものだ」と言う意見もあった。当時は沿岸海軍程度の実力だったのだから本音であったろう。中には、私が提出した論文、及び本日の意見に「100%同感である」と言った軍人もいた。
 若手研究者の中に「潮君の著作を読んでいたが、どんなナショナリストか?と好奇心を持っていたが、今回会議で会って良かったと思う。勿論彼の意見全部に賛成ではないが・・・」と言う「本音の会話」が飛び交った。
 会議は激しい意見交換の応酬だったが、時間が少ないので司会者達は皆苦労していた。その分、この夕食会場が不足分を埋める場になった。呉寄南氏は大いに機嫌が良く、「皆さん、明日で激論会も終わりですから、今晩は『カラオケ大会』を計画しました。大いに楽しんで下さい」と言った。
 19時から希望者は隣のホテルに移動した。一階奥の部屋が立派な応接室風の「カラオケルーム」になっていて、日本研究所の所員たちが準備をしてくれていた。
 日中“対抗?”や、日中“友好?”のカラオケ大会になったが、呉寄南氏は、「昴」が持ち歌らしく、私と肩を組んで二回も熱唱した。会議ではうるさく日本側に苦情を言う某女史も、「先生、一緒に歌いましょう」と言ってくれたのだが、持ち歌は「桜、桜」であった。ニ本あるマイクの一本が調子が悪かったので、残りのマイクに「しがみ付いて」合唱したが、日本留学中に練習したのであろうか、なかなか上手だった。
 中国の歌はさっぱり分からないから我々が「聴衆」となる。陳・元海軍大佐は、中国民謡を歌ったが、例の独特の節回しが絶妙で、「艦上で歌ばかり歌っていたのでは?」とからかうと、相好を崩して嬉しそうに笑った。ところが、「反日の軍歌?」らしい、昔の歌の歌詞に、「九一八・九一八・・・」と出てくると、中国側は誰彼なしに「キューイッパ!」と声をあげる。満州事変を「恨んだ?」歌のようだが、我々も大声で「キューイッパ!」と合いの手を入れることにしたから大いに盛り上がった。
 満州事変で思い出したが、今話題沸騰している「マオー・・・誰も知らなかった毛沢東」(ユン・チアン、ジョン・ハリディ著=講談社刊)の、上巻の第16章「西安事件」の項に、「張作霖爆殺は一般的には日本軍が実行したとされているが、ソ連情報機関の資料から最近明らかになったところによると、実際にはスターリンの命令にもとづいてナム・エイティンゴン(のちにトロッキー暗殺に関与した人物)が計画し、日本軍の仕業に見せかけたものだという」と書かれている。南京虐殺と言い、盧溝橋の一発と言い、とにかくナゾだらけの問題として扱われ、「何となく日本人が贖罪意識」を持たされてきた事実が、次々に日本側の「無実」が明らかになりつつあることは好ましいことである。
 カラオケ装置は少々遅れていて「日本の歌」の曲数が限られていたし、翻訳が悪く曲名不明のものが多かったのが惜しかった。午後10時に満足した我々は、ホテル敷地内の夜道を歩いて宿舎に戻った。
 何人かが、シャワーが取扱説明書どおりに操作しても、御湯からシャワーに切り替えられない、というので、私の部屋のシャワー装置を調べたが、事実全く作動しなかった。蛇口を引っ張って切り替えるように書いてあるのだが、蛇口が引っ張れないのである。今問題の「手抜きマンション」どころの問題ではない。
 テレビは、チャンネル数が60以上もあって多すぎるのだが、ある番組のクイズ参加者が軍服姿なので注目すると、軍医学校(衛生学校?)の学生達が出ているらしい。二組に分かれて早押しクイズなのだが、問題は「医学」の問題であり、例えば「救急処置の症状によって使用する療法、薬」などらしい。正解するたびに、二派に分かれて座った応援団(医学生と教官)が割れんばかりの拍手をする。なんだか、自衛隊中央病院付属看護学校のクイズ大会と錯覚しそうになった。CCTV4では、人民解放軍が「対テロ演習」をしている様子が放映されていた。
 チャンネル数が多いからとはいえ、日本の「チャンネル桜」の自衛隊報道番組のようなものが多いので、羨ましくもあり、軍国主義?華やかだなあと思ったものである。こんな番組に力を入れているというのは、或いは募集困難?のせいでもあろうか。
 面白かった出来事を一つ。
 到着後の第一日の夜は、暖房が入らず実に寒かった。ロビーで某女史が私に「先生、この地方は寒いので、今夜は特に冷えると思いますから、予備の毛布をかけて寝られたほうが良いと思います」とアドヴァイスしてくれたので、室温が下がるのが当地方の特色?と思い込んでいたのである。
 夜中、正に彼女の“予言”どおり深々と冷えてきた。ロッカーから毛布を二枚取り出してかけたがそれでも寒い。壁に室温をコントロールする装置があるので、「AIRCON」にセットし、スイッチを入れたところ何となく「暖かそうな空気」が流れてきた。
 仮に「エアコン」が、18℃にセットされていたら、今の室温よりも高くなるはずだから、と考えてそのまま寝てしまった。ところが明け方に激しく冷える。エアコンの数字をどんどん「高く」したが温まらない。遂にタウンジャケットを上にかけて丸まって寝たが熟睡できなかった。
 朝食時、これが話題になった。呉寄南氏が「申し訳ない」と言って、直接総支配人に掛け合った。だからこの日は部屋に入ると「ガンガン」熱気がこもっていて、部屋中が暖かかった。
 ボーイなど「使用人」に苦情を言っても効き目はないが、直接「エライサン」に言うと直ちに「処置される」という、中国ならではの体験であった。   (続く)            

 
≪講演会のお知らせ≫
「風雲急を告げる南西日本」講師・佐藤 守
日時  12月24日(クリスマス・イブ!)午後2時〜午後4時
場所  東京大手町・サンケイプラザ3F
会費  1500円(学生1000円)
主催  正論の会
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