軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

土肥隆一君よ、バッジを外せ

昭和33年3月、福岡県立修猷館高校を卒業した仲間に土肥君がいた。在学中は剣道に熱中していた私は、彼とは親しい間柄ではなかったが、退官後の同窓会で彼が国会議員になっていることを知った。
当時は、ムネオ議員のアフリカODA疑惑?がニュースになっていた頃だったが、彼はその真偽を確かめるべくムネオ議員とアフリカへ行ったことを滔々と話していた。ムネオ議員とは水と油の社会党なのに何とも親しげだったことを覚えている。


2005年、上海で日中安保対話会議の席上、女性の民主党事務局員が「上海国際問題研究所客員研究員」という肩書で我々と対峙したが、テープレコーダー2台で録音し、熱心にメモするだけで発言は一切しなかった。

会議終了後、上海ガニを食べに陽澄湖の船上レストランに招かれたが、その時彼女の夫を紹介された。もちろん二人は≪夫婦別姓≫であり、夫は土肥隆一議員の政策秘書だったと明かした。


君は確かソウル生まれで、父親は朝鮮総督府勤務だったはず。終戦で半島は「空白状態」になり、南は米国に北はソ連に占領されたが、その混乱の中で半島の赤化を防止するため、多くの残置諜者が残留した。その多くは玄洋社黒龍会関係者、つまり母校修猷館の流れをくむ者だった。


君は「韓国にいつも負い目を感じていた」そうだが、君の親たちは何か韓国民に悪い事でもしたのかい?残念ながら、日本がアメリカの物量に押されて『敗戦』したのであり、負い目を感じるとすれば『戦争に負けたこと』ぐらいだろう。君が韓国に「負い目」を感じる必要がどこにある。


半島の安定こそ日本の安定、それは今でも不変だが、君が今回とった行為は明らかな反国家・売国行為であり、気が付かなかったですむ問題ではない。即刻議員を辞職すべきものである。
君は記者会見で
「共同宣言の竹島に関する文面を精査しなかった」
キリスト者として牧師としての思いが強く、国家を背負ったという意識があまりなかった」
「共同宣言はかなり過激で、読み上げられた際に『おやっ』と思ったが、会が進行する中で『待ってくれ』というのはやめた」
「修正を求める時間がなかった」
「政治家として大変不注意で、不見識といわれても申し開きできない」と語った。

この言葉だけですでに君は判断力も日本人としての自覚も認識も欠落していることを証明しており、明らかに「国会議員不適格者」である。

まだ修猷館歌(校歌)を覚えているだろう。忙しすぎて思い出す機会もなかろうから、あえてここに掲げておく。時間が出来たら特に一番の歌詞の最後の行を“精査”してほしいと思う。

君を拾い上げてくれた土井たか子元議員が「残念がる」のは構わないが、33年卒業生の中から、多くの諸先輩方、館友諸君の顔に泥を塗るのだけはやめてほしい。
即刻バッジを返納すべきである。
キリスト者として牧師としての思いが強い」のであれば、世俗臭が強い永田町から去り、バッジを外して『神の道』に精進すべきだろう。キリストが君をどう評価するか知らないが…。

尤も、昨日熱心なクリスチャンの友人から「高校同級生でしたよね」と怒りの電話があったから同級生として謝っておいたが、君のような政治臭の強い「宗教家」にはこの世界も厳しそうではある…

自国領土を平然と売り渡した君は“永久に恥辱ある成績を海の内外に飾る”ことになるのかもしれない。同級生として恥ずかしい限りである。

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