軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

台湾戒厳令解除30年

8月3日のブログに、今年の15日、靖国の杜の天候が気がかりと書いたが、やはり当日は午後から激しい雨になり、その後20日以上も悪天候が続いて各地で花火大会などが中止になっているのは「天の怒りか?」と思わざるを得ない。


さて昨日、福岡の後輩から西日本新聞の特集記事が届いた。


≪8月21日付、西日本新聞

退官直後に台湾を訪問した時、いろいろとご指導を受けた鍾紹雄(88)先生が、記者を悪名高い緑島を案内している写真付きだ。
大東亜戦争後、日本軍と日本人は台湾から撤退させられ、GHQは台湾を蒋介石支配下に置いた。大陸から進駐してきた国民党軍は、規律が乱れていてまるで盗賊の群れ同様だった。
そして規律正しかった“犬”が去った台湾に、“豚”が進駐してきて戒厳令を敷き台湾人(旧日本国民)を弾圧した。
抵抗した者は、獄門島(緑島)に収容され拷問されて処刑された。南京虐殺を実行した軍隊ならではの殺戮である。そして今でも大陸では継続されている。
学生だった鍾先生も投獄され、12年間も苦しめられた。
シナ人が流入してきたらこうなるという警告として極楽とんぼの日本人に紹介しておこう。


記事は西日本新聞の「特派員レポートASIA」で、「台湾戒厳令解除30年」『弾圧の闇、監獄島は語る』とタイトルがついている。

≪台湾の東海岸の沖に浮かぶ緑島。ここはかって国民党政府が敷いた38年間にわたる戒厳令で、捉えられた政治犯の収容所があった。当時の台湾では密告や拷問が横行し、多くの人が無実の罪で処刑され、命を落とした。
戒厳令の解除から今年で30年。現在では自由で民主的な社会を築いた台湾だが、弾圧を受けた人々は「牙をむいた権力の恐ろしさを忘れてはならない」と今なお訴える。緑島を訪れ、民衆を恐怖で支配した戒厳令時代の政治弾圧の実態を振り返る。     (台北中川博之

◇     ◇
台湾の南東部、台東市の沖合約30?に浮かぶ緑島は、外周約20?をサンゴ礁に囲まれた風光明媚な島だ。7月下旬、緑島に1951年から12年間、収容された鍾紹雄さん(88)=台北市=と島を訪れた。離島以来、半世紀ぶりに再訪した鍾さんは「こんなに発展していたとは」と何度もつぶやいた。夏の観光シーズンを迎えた島は、ダイビングや海水浴を楽しむ観光客でにぎわっていた。
島北部の海岸近くに、政治犯の収容所「新生訓導処」跡はあった。今は「緑島人権文化園区」として一般公開されている。収容棟は復元され、収容者の生活ぶりを伝える人形や写真が展示されている。
新生訓導処の「新生」とは国民党政府を称賛する思想教育で「新しく生まれ変わる」ことを意味する。多い時には2千人が収容され、労役により海岸で切り取った石で収容所の壁や小屋を築き、田畑を開墾したという。
施設内には収容者の顔写真とそれぞれの刑期が展示されていた。「この人は賢くて親切だった」「この人は気が狂って自殺した」。写真を指して当時を振り返っていた鍾さんが丸刈りの青年の写真をじっと見つめた。青年の刑期の欄には「5年」のほかに「追加判決死刑」と記されていた。
鍾さんによると青年は、たまたま参加した勉強会が共産党関係組織だったために逮捕された。5年の刑期で済むはずが、収容者仲間に「頑張りましょう」と書いた紙を渡したため処刑されたという。「むちゃくちゃな話だ。法律には関係なく多くの人が殺された」

◇     ◇
展示された顔写真の中には、短髪で精悍な顔つきをした若い頃の鍾さんもいた。
鍾さんも過酷な体験をした。台湾全土で民衆が蜂起した47年の「2・28事件」に関わったとして50年に逮捕され、取調官に胸をこぶしで圧迫される拷問を受けて吐血した。
緑島に収容後、「私は病気だ。働けと言うならここから担ぎ出せ」と抵抗。労役は免れたが、他の収容者からの隔離を理由に汲み取り式便所の横に寝床を設けられた。
「一日中、便所の横で寝るか座るかして過ごした。真横で用を足され、アンモニア臭がツーンと鼻を突く。処刑も覚悟したが、奴らの言いなりにはならないと最後まで抵抗した。」

島で生まれ育った陳新伝さん(90)を尋ねた。当時、島には医師がおらず医師免許を持つ収容者が島民を診察した。子供を見てもらったという陳さんは「政治犯が悪い人ではないことは島民全員が分かっていた。気の毒だと思っていたが、どうしようもなかった。そんなことを口にすれば、密告されて逮捕される時代だった。
 生きるためには口を閉ざすしかない暗黒時代は、戒厳令が解除される87年まで続いた。

◇     ◇
緑島の施設内に、手の爪をはがされ、全身をアリにかまれる男性の絵が展示されていた。絵のモデルは、緑島を含む台湾各地の収容所に計22年間投獄された郭振純さん(92)だ。
郭さんは現在、台湾北部の新北市にある政治犯収容所跡の「景美人権分化園区」で語り部として当時の体験を伝えている。
収材に訪れると、半世紀以上前の出来事を克明に覚えていた。53年、反政府運動に加わった容疑で逮捕された郭さんは、取調官が勝手に作った供述調書への署名を拒否。取調官は、釈放と引き換えに仲間を密告することを迫つたが、それも拒んだ。
 持ち受けていたのは拷問だった。両手両足の爪をはがされた。背中をむち打たれ、麻袋に詰めて水中に落とされた。それでも従わないと、後ろ手に縛られたまま、砂糖水をかけられてアリの群れに放り出された。アリにかまれた痛みと毒で全身がけいれんした。
拷問に耐え抜いた郭さんに下された判決は無期懲役
「多くの仲間がでっち上げの調書を認めて処刑された。拷問に屈していれば私も死刑になっていた」
強靭な意志で収容所暮らしを生き延びた郭さんが最も耐え難かったのが、保身のために仲間を裏切る人々だ。収容所では、看守に気にいられようと収容者同士の密告が相次ぎ、多い年には10人以上が処刑された。
「権力の暴力の前に人は弱い。多くの犠牲によって手に入れた自由も、油断すればあっという間に奪われる。暗黒の時代に戻らぬよう、私たちの体験を一人でも多くの人に伝えていく」≫


終戦直後の混乱で、日本人は台湾の悲劇の事実を知らない。
台湾=民主的な蒋介石が作った国、程度の理解だ。台湾国民である約8割は、こうした弾圧を受けて生き延びた内省人であり、その後毛沢東軍に負けて台湾に逃げ込んできた約2割の蒋介石外省人が混在している国だという事を知らない。

あるとき訪台した日本人政治家の行動に「これでも日本の政治家ですか?」と日本人政治家の勉強不足を嘆いておられたのが、先日他界された老台北こと蔡焜燦先生で、「台湾には役に立つ石と役に立たない石がある。役に立つのは大理石、そうでないのが蒋介石!」といつも聞かされたものだ。
その悪政も、李登輝総統が誕生して徐々に改善されたのである。

この記事を書いたのは比較的若い記者ではないか?と思う。それはサブタイトルの「無実の市民処刑相次ぐ」『権力の怖さ忘れるな』に、安倍首相が成立させた『テロ対処法』を意識しているように感じたのは、私の考えすぎか?


何はともあれ、30年前までの台湾は、緑島のみならず、国全体がこうだったのだ。

こんな悲劇を体験しなかった本土にいた“幸運”な日本国民は、アジアの植民地を開放して、敢然と白人社会に斬り込んだ勇気ある先達の功績を忘れ、ただただ金儲けにまい進している。
先の大戦で散華された300万の英霊方が、怒り、愛想を尽かすのは当然だろう。
その上自主防衛努力も忘れ、ひたすら米国の植民地であるかのようにふるまっているからだ。
平将門でなくても、恨み骨髄であろうと想像できる。


お人よし日本人の目を覚まそうと微力を尽くしてみたが、効果がなく、ほぼ諦めていたのだが、今朝の産経には面白い記事が躍った。
その一部は、自衛隊が「おもちゃの軍隊」である証拠に気が付いたという記事だ。

この記事がすべてを物語っている。三島由紀夫が激に書いたように、自衛隊は物理的に巨大な警察力にすぎず、未だに警察予備隊に過ぎない。
雫石事件で、なだしお事件で、すでにそれは明白に証明されていたのだ。
私は現役時代、領空侵犯したソ連機に対処して発砲された時、反撃すべきか、それともズラカルのか?と悩んだものだ。
しかし、リーダーが撃墜された時、おめおめと「正当防衛」「緊急避難」が適用されないからといって、ズラカルことは戦闘機のりとしてのプライドが許さない。
ただちに反撃して相手を撃墜するが、その後着陸したら、福岡県警に差し出され、ソ連大使館に身柄を拘束され、シベリア送りになるのだろうが、甘んじて受けようと覚悟したものだ。

その後位が上がるにつれ、現場の部下たちの身代わりになれないというジレンマに陥った。
雫石事件では、現場で追突された被害者(訓練生)ではなく、離れた位置で指導していた教官が有罪になったが、これは一部の高官らが、部下(訓練生)が有罪で教官が無罪では、軍隊では指揮統率ができないと、裁判所に陳情?したからだという。
当事者罰であるはずの現行刑法にない最高裁の“自判”はそんな盲点を突いたまやかしだという説を私は信じている。

戦闘機訓練がどんなものかも知らない素人裁判官が、威厳だけで裁く裁判ほど滑稽なものはない。裁判官も格好をつけては見たものの内心苦しかったのではないか?
これこそ西日本新聞記事が書いた『権力の怖さ』であろう。

ことほど左様にこの国の軍事音痴ぶりは、病膏肓に入っているのだ。


次に取り上げるのは産経の4面に出た全面「意見広告」である。
国民有志がフェイクメディアに反撃を開始したのである。

≪「異常に歪んだテレビ報道」視聴者の知る権利が奪われ続けています。今のテレビ報道は、その責任を果たしているでしょうか?≫
として、加計問題を扱ったテレビ報道時間ぼうけい合計8時間36分23秒のうち、実に前川という“ス○○おやじ”の発言が2時間33分46秒。それに対して加戸守行前愛媛県知事の発言報道は6分1秒、原英史国家戦力特区委員の発言は2分35秒だったという。

他のネット上には、民放TVは、スポンサーで成り立っているのだから、放送局ではなく、スポンサーに抗議し、不買運動をする方が早い、と活動しているグループもある。

漸く一部の国民が目を覚まし始めたか!
しかし陰に陽にメディアの組織的な抵抗は激しいと思うから、くじけず奮闘してほしいものだ。

門島に収監された鍾先生等は、己の命を顧みず信念を貫いた。今後の活動を注目したい。

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