軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

「参政党」の躍進に見る!

いささか旧聞に属するが、産経新聞参院選挙に関して次のような記事を書いた。(他の新聞は読んでいないから知らないが)

この記事を単なる「選挙結果の報道」だととらえるか、それとも「世情を表すバロメーターの一つ」としてとらえるか、という視点がメディアはじめ、既成政党グループには欠けているように思う。

参政党は令和2年に神谷氏らと有志が集まって設立されたものだが、わずか2年で一議席を確保することは至難だから、選挙中は誰も無視していた。

そこで見向きもされない「諸派」と称する「泡まつ候補」の中に含められていたが、本来の「諸派」たる「ごぼう」「幸福」「日本一」「くにもり」「新風」という、何回挑戦しても芽が出なかった本来の「諸派」から抜きんでていた。これは新しい「宣伝方法」である「ユーチューブ効果で、短時間で拡散したことが要因」とする分析が多いが、実に‟偏見に満ちた”分析であろう。

本来選挙とは、国民(有権者)にその信を問うものであって、一時的な人気取り行動ではないことを忘れている。なぜ勤勉でまじめな日本国民の有権者が、今まで50%程度しか投票に行かなかったのか?を分析していないのだ。つまり真面目な有権者にとっては「投票するに値しない候補者や政党」がいなかったのだ。

時事通信は【参政党は初めて挑んだ参院選議席を獲得し、得票率2%以上の政党要件も満たした。結党から2年だが、支持をじわじわ広げてきた。「党員参加型」のスタイルで、既成政党と差別化を図りながら勢力拡大を目指している

 参政党は、参院選で初当選した神谷宗幣副代表兼事務局長を中心に、2020年4月に結党。参院選では比例代表と全45選挙区で計50人の候補者を擁立。比例で約176万票(得票率3.3%)を獲得し、1議席を得た】と報じたが、その“躍進”について【参院選では、「投票したい政党がないから、自分たちでゼロからつくる」をスローガンに掲げ、党員になれば党の政策づくりに参加できることをアピールした。インターネットでの情報発信に力を入れ、支持者らが街頭演説の様子を動画投稿サイト「ユーチューブ」に積極的に投稿。党員・サポーター数は今年1月時点で約1万人だったが、15日現在約9万4000人に急増した。 政策面では、新型コロナウイルス対策での「マスク着用自由化」といった主要政党が掲げていないことを訴え、既成政党に不満を抱く有権者の受け皿になったとみられる。外国人労働者の増加抑制などの保守的な政策も唱え、自民党内には「岸田文雄首相に不満を持つ保守層が参政党に流れた」(中堅)との見方も出ている』と分析している。そして【来春の統一地方選で、参政党は全国各地で候補者を擁立する方針。次期衆院選を見据え、党の基盤強化を目指す。15日に東京都内で記者会見した神谷氏は「地方の支部の地道な活動が躍進の一番の原動力だった。地域組織をいかに強くしていくかが(自身の)大きな仕事だ」と強調した。】と結んでいる。(2022/07/19)

つまり既成政党のほとんどは、過去のしがらみや票勘定に躍起となりすぎ、有権者の意識の流れを掴んでいなかったのだ。そんな「口先だけの」候補者に真っ当な日本人が投票するわけがなかろう。要するに政府自民党はじめ既成政党は、マンネリズムに陥っていたのであり、「希望的観測」に浸って自らを省みることをしてこなかったのだ

つまり私の言う「法治国家ならぬ放置国家」を形成していたのである。

この「国民の不満」について、今回は参院選という政治の場で、「参政党」が真っ当な政治のあり方を提示したのだが、どこまで有権者が理解できたことか。次回の選挙からは「台風の目」になることは疑いなかろう。

さて、話は一部変わるが、今回の安部元首相殺害事件は、一個人の似非宗教団体への不満から起きたものだ、と識者は考えているようだが、その認識も甘かろう。

企業関連コンサルティングをしている高島康司氏は自身のメルマガで「今回の殺害事件は、3つの点で同種のテロがこれから日本で拡大する可能性を示唆している」とし「1つは容疑者は特定の宗教団体によって家族がバラバラになったと逆恨みした単独犯の犯行である点。2つ目に、容疑者は過激思想を持つ特定の集団の指令で行った犯行ではない点。そして3つ目は、銃撃に使われたのは手製の武器であったという点】だとして、【これら3点から、同種のテロは政治家を殺害する動機のあるものであれば、基本的には誰でも実行可能であることを示した】と警告している。

そしてその背景には、【30年近く続く低賃金状態、拡大する格差、放棄された終身雇用、拡大する派遣と低賃金労働、若者や女性を中心とした自殺の増加などという多くの国民が直面する苦しい状況がある一方、企業の巨額な内部留保金、日銀が演出する高株価とミニバブル、所得を増加させた富裕層、有効な政策を出せずに停滞する政党政治などの現象がある】【いまの日本では、社会に対するストレスが沸点に達しており、いつ爆発してもおかしくない状況だからだ】という。そして【こうした長年続く極度の閉塞状態に苛立つ国民は多い。そしてそのストレスを、派遣と低賃金労働に喘ぎ、ある程度の学歴があるにもかかわらず、結婚もできず将来も見えず、生きる意味と希望を失った「無敵の人々」が集中的に表出するようになっている】と分析し、「安倍元首相の殺害は、日本社会で沸点に達したストレスを表出する「無敵の人々」に、新たな表出方法の可能性を示したのである」というのである。

この論法を「参院選」に借りれば、安倍氏の‟犠牲”による“同情票”で躍進したことを忘れて満足していてはならないはずだし、「参政党」の躍進こそが、国民大多数の「不満の表れ」であるということをも知らねばなるまい。

そして政権にしがみつく“与党”、とりわけ既成の「泡沫野党」などは、戦後70年以上も「存在している意義さえなかったことに気が付かねばなるまい。

「参政党」の参加により、既成政治に「風穴」が開いたことは事実だろう。