軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

始まっている「国の崩壊」

 陸自幹部が、靖国神社に参拝した事に対して、アサヒはじめ「件の」新聞社がクレームをつけたことを買いたが、今朝の産経新聞だけは社説で、次のように書いた。

 当たり前のしきたりに、クレームをつける会社の心情が理解できないが、黙ってそれに従う官庁(この場合は防衛省)の精神も理解できない。

 スキャンダルで頭?が手いっぱいというのならわかるが、そうでもあるまい。もともと官庁には「労働組合」があって、沖縄で気勢を上げていたのだから、国自体が「法治国」ではなく「放置国家」なのだ。

 拉致被害者救出問題しかり!外交問題しかり!およそ国家の指導方針なんぞ無きに等しいのではないか?

 今私が一番恐れていることは敵が「連合艦隊」で侵攻してくる、という姿の戦争ではなく、相手国内に進出して、橋頭保を築いて内部から「敵」を崩壊させる方式だ。

 今それはわが国内で徐々に進行していて、一番危険なのが「教育分野」だと私は考えているのだが、今朝の産経トップにこんな記事が出たので、「やはり」と思った。

 新聞社という組織は、いわば情報の集積所であり、社主の意思次第でいかような色にも染まるのだから問題だろう。

 昔北京でシナの外交官と食事をしたとき、当時日本国内で話題になっていた「首相の靖国参拝問題」について、彼に意見を聞いたことがあった。すると彼は「日本の首相がいくというのなら、これで終わりですよ。しかし、お宅のチョウニチ新聞が何と言って来るか、それ次第でしょう」と言ったのである。

 一瞬「チョウニチ新聞」と言う言葉が聞き取れなかった私は、後で同行していた友人に確かめたところ、彼は「シナでもわかっているのですね」と笑ったのだが、「アカイアカイ、アサヒは赤い」で済む問題ではあるまい。日本の新聞社ではないという意識を持つべきなのだ。

 そう見てくると、今国内には相当な「敵性人」が集結しているわけで、外国人にお土産を買ってもらおうなどという「儲け心」で接することがいかに危険であるか知るべきだろう。

 もともと日本人は「心優しい民族」だが、そうではない民族が取り巻いているということも知るべきだろう。

 しかし、その初歩を教えるはずの学校がこれじゃ、自らの文化を破壊していることになるのじゃないか?

文部科学省」ではなく、「外国人養成所」とでも呼ぶべきかもしれない…

 前回は「国の末路」について考えてみたが、すでに要所から内部崩壊は始まっているのではないか⁇と心配になる。