軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

漁船転覆、イスラエルの対応に「民度」の高さを見る

民度」とは、「人民の生活や文化の程度」だと解説されている。根室沖でサンマ漁船が当て逃げされ7人が死亡したが、事故の相手はイスラエル船籍の大型コンテナ船であった。
イスラエルの海運会社「ZIM」社社長・ドロン・ゴター氏ほかが来日して、漁協や遺族を訪れ「謝罪」する姿が報道されたが、社長の誠実な態度に深く考えさせれられた。
それに比べて漁協側が「事故の全責任を負い、全損失を支払う」様に誓約書を差し出してサインを求めた行為には聊か違和感を感じた。勿論7人が亡くなったのだからその怒りは十分に理解できる。しかし「来るのが遅い」とか、「これまで以上の謝罪と保障を約束せよ」とか、「死んだ7人の家族の行く末を見守る義務がある」などとは少々感情的すぎはしないか。
北海道の漁船はこれまでたびたびロシア警備隊に拿捕された。明らかにロシア側の違法行為だったと判明した時、漁協幹部はロシア人に対してこれほどの言葉を投げかけたであろうか? 解決を外交交渉に委ねてきたのなら今回もそうすればよい。

  • 平成9年1月2日、御正月の真っ只中にロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」が、島根県隠岐の島沖で座礁して重油が流出して大被害を蒙ったが、地元住民やボランティアが大活躍、その他の危険区域には自衛隊が狩り出され、実に人員約14万4千人、艦艇約920隻、航空機約600機が活動してこれを除去した。平成14年12月には、ならず者国家北朝鮮の貨物船「チルソン号」が、茨城県日立港の防波堤に座礁したが、救助された乗組員はさっさと帰国し、北朝鮮の船主は撤去費用など一切を支払うことはなかった。勿論、日本人を拉致しているかの政府もなしのつぶて、結局その費用6億5000万円は我が国民の税金でまかなわれたが、未だに北朝鮮からの補償はない。朝鮮総連が肩代わりしたとも聞いていない。しかも今回の事故は「公海上」であったが、ロシアや北朝鮮の船の場合は明らかに我が領海内であった。それでも誰かが「彼の国」に強硬に文句を言った、という話は寡聞にして聞いたことがない。
  • もしや、相手が「民度の高い国」だと、嵩にかかって怒鳴りまくるが、相手が「無頼国家」だと小さくなって「言うべきことも言わない」のではないのか?そういえば、愛媛丸事件もそんなところがあった。確かに米国の潜水艦の「不手際」であったことは事故調査で判明したから、米国側の謝罪は当然だといえば当然だが、あれがロシアの潜水艦だったら関係者はどうしただろう。米国も「民度が高い」から、丁寧に「アポロジャイズ」し、その上優秀な艦長は責任を取って辞職した。二度にわたるソ連空軍の「大韓航空機撃墜事件」で、確か日本人も多数犠牲になっているが、犠牲者達は外務省を通じてどんな解決をしたのだろう?要するに「民度の低い」ならず者国家と、「民度が高い」自由主義国家に対する我国の対応振りには大きな「差別」があるように思えてならない。
  • 今回の聊か性急な漁協側からの要求に対して、ゴダー社長は「事故調査の結果が出てから対応する」と答えたが見事である。私は彼のこの対応振りを見て、昭和46年7月に雫石上空で起きた「F-86FとB-727」の衝突事故を思い出した。未だ、事故調査も始まっていないのに、責任は自衛隊機にあると決め付けた報道が先行し、恐れをなした長官と空幕長が遺族に土下座して謝罪して辞職した、あの事件である。あの行為で事故調査以前に結論は出されたようなものであった。その後調査が進むにつれて、B-727が前方を飛行していたF-86Fに追突したことが判明し、その上乗客が撮影していた8ミリフィルムには、B-727の方が自衛隊側の訓練空域に侵入していたことが明らかになると、最高裁は珍しく「自判」して「教官有罪・執行猶予付き」で決着をつけた。それは、今ベストセラーになっている元外交官・佐藤優氏が、著書「国家の罠」に書いた「国策捜査」に似ていた。事実、翌年、ロッキード事件が判明して「国策捜査」を命じた?時の首相は逮捕された。
  • 事故の当事者ではなく、離れた位置を指導しながら飛行していた教官が有罪にされたのも前代未聞であったが、その教官・K君も夏前に死んだ。癌だったという。以前博多で会った時、既に「アル中」の症状が出ていて仲間が心配していたが、私とF-86Fの話になると顔が輝いていた。そして「俺達、戦闘気乗りの気持ちが、操縦桿を持ったことのない奴等にわかってたまるか!なあ、佐藤!」というのが口癖だった。その言葉の裏に、悶々とした彼の苦悩をうかがい知ることが出来た。あの時のマスコミの集中攻撃は異常なほど凄まじく、謝罪に訪れた将軍達を遺族の前で「土下座しろ!」と足蹴にする有様だったから、如何に将軍閣下といえども勇気を持って抵抗することは困難だったかも知れない。しかし、せめて「事故調査の結果を待ちたい」と何故言わなかったのか、と、当時、1尉の戦闘機操縦教官として、訓練の内容を熟知していた「青年将校」の私は激怒したものである。
  • 国家にも「民度」は適用されるが、国家を構成する国民の集大成であることを知れば、末端で取る一国民の行動で「なるほど」と納得がいく。近代国家・イスラエルを、民度が低い近隣諸国に比べるのは失礼だが、遥か中東の地から駆けつけて、不慣れな仏教式の仏壇に手を合わせ遺族に謝罪する社長の心中を思うとき、遠く離れたイスラエル国民は、日本国民を「北朝鮮並」の民度だと誤解するのではなかろうか?と色々複雑な感情が私の頭の中をよぎったのであった。