軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

“1佐”と“大佐”

 自衛隊の階級呼称を変更するのに“何兆円”もかかることはない。警察予備隊時代の「1等警察士」や「特車」が「戦車」になり、「曹長」と「准尉」が復活したが、さほどの混乱はなかった。
 ずいぶん前になるが、早稲田大学の一講座で軍事の講義をしたことがある。教授が紹介してくれたが、学生たちは「自衛隊の階級」を全く知らない。「空将」をどう呼んだらいいか分からないらしく、「くうしょう」でいいですか?と聞かれたので「くうしょう」でも「そら将」でもいいが「から将」とは呼ばないでほしい、といったところ後ろで教授が笑った。学生たちがまじめな顔をしているので、ついからかい半分に「私の後輩の小林という男が1佐に昇任して町に挨拶に行ったところ、『司令さんの趣味はやはり俳句ですか?』と聞かれる。何せ“小林1佐(いっさ)”だから…」と言ったのだが全く受けない。教授のほうが大笑いして「君たち、自衛隊では1等陸・海・空佐を省略して1佐という。昔の大佐のことだ。先生は小林1佐と小林一茶を掛けて話をされたのだ…」と解説してようやく通じる有様だった。
「ギャグの解説」ほど疲れるものはない…

松島基地では、町長さんたちから「最近自衛隊は忙しいからか、名物の運動会をやらない。昔は町民も参加して本当に楽しかった」と言われたから「町長、自衛隊で運動会をやると大混乱が起きるので止めたのです」とからかった。皆さん驚いたから「表彰の時に1位(一尉)が3位(三尉)になり、2位(二尉)が1位(一尉)になるのだから大混乱になるのですよ」と言ったら一同大爆笑であった。基地周辺ではギャグが直ちに通じるのである。
 こんなこともあった。私が広報室長の1佐だったとき、長男は都立高校生だったが、社会科の教師から「佐藤の親父は自衛隊だ」と言われたという。教師はいやみでいったらしいが、休憩時間になると同級生が寄ってきて私の「階級」を聞いた。長男が「1佐だ」と言っても通じなかったので、「昔で言うと大佐だ」と言ったところ同級生たちは「すげー、カダフィー大佐と一緒だ!」と驚いたと言う。
 一事が万事だとはいわないが、自衛隊の階級は、それほど自国民になじまれていないと言う実話である。そのくせ、外国にはすぐに通じるから、隊員たちは喜んでイラクに駆けつけたのであった…。こうなると自衛隊はどこの国の軍隊だかわからなくなる…。

 たまたま「軍事研究」と言う専門雑誌の2007年1月号が送られてきたので目を通すと「軍事用語のミニ知識」欄に、今月の用語として「海軍大佐、1等海佐」が解説されていた。詳しくは「軍事研究誌」をご一読願いたいが、「日本軍の階級呼称は合理的…陸海空ともに大佐(一佐)」とある。
「1870年(明治3年)に兵部省が定めた陸海軍軍人の同格の階級呼称は共通であり、たとえば陸海軍共に大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉と呼ぶ。ただし発音が僅かに異なる部分があり、大尉の『大』は、陸軍では『たい』、海軍では『だい』である。正式には陸軍大佐、海軍大佐となるが、部隊勤務、社交などの場では大佐で通用する。いずれにせよ陸軍、海軍の階級呼称が全く異なる西欧の制度よりはまことに合理的である」とあるが確かにそう思える。
 米軍では『海軍大佐』は『キャプテン』だが、『キャプテン』は陸・空軍では『大尉』である。(欧米の戦争映画の日本語訳が良く間違えられるのでしらけたものだが)しかし、階級章は海軍の冬制服の袖の『金線」を除いて、4軍共に『イーグルマーク』だから、兵士にとってはなじみやすい。国柄と歴史が色濃く反映されている面白い現象であろう。
 軍事研究誌には、用語の由来なども詳しく書いてあるから興味のある方は一読されると良い。