軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

人道・人権問題は中国政府のアキレス腱か?

 温家宝首相の訪日を控えて、中国の各研究機関は活発に情報収集とその対策作りに取り組んでいる。2000年9月に北京での会議に参加したとき、侃々諤々の討議となったが、こちらは退役自衛官3人(一人は研究者)だったから、怖いものは無いので率直な発言をしたのだが、途中で「江沢民主席の訪日は失敗でしたが、佐藤先生、その原因は何かを教えてください」と突然言われたことがあった。そこで私は日本国民の率直な感想を述べたのだが、特に「皇居での天皇を前にした無礼な態度」に、日本国民は「これが13億の人民の指導者か、と驚いたのだ」と強調した。
 中国側はこれに対して何ら発言はしなかったが、実はその直後に朱鎔基首相の訪日を控えていたから、これを成功させるための情報収集と対策作りの一環だったのであろう。

 
 昨日は、中国から来日した研究者一行と岡崎研究所との意見交換会が開かれ、午後2時から6時まで、途中10分間の休憩を挟んで、率直な意見交換をしたのだが、「これからの日中関係戦略的互恵関係をいかに築くか」というのがテーマであった。具体的には「温家宝首相の訪日を契機に、今後の両国関係に期待すること」が話題の中心で、双方から忌憚の無い意見を出し合った。我々元“軍人”は、主として両国間の政治・軍事的信頼関係の醸成」について発言したが、印象に残ったのは、中国側が、国防白書の記載要領について、双方が忌憚の無い意見を出し合い「不透明だ」とされている中国側の白書を、少しでも西側諸国が理解できるものに改善していきたいと前向きであったことだ。「これからも透明度を上げるように努力するが、国防白書作りの共同作業を通じて、統計・データなどの両国間の相違を改善したい」という姿勢はそれなりに評価出来る。
 台湾問題については相変わらず強硬であったが、武力行使の危険性は十分に理解していて、万一台湾に対して行使すれば、中国側も甚大な被害をこうむることに気がついたようである。今まで、威圧的な言動を繰り返し、1000基に近い弾道弾を配備して台湾を威嚇してきた戦略をどう転換するか?つまり「振り上げたこぶしの落としどころ」を探っているようにも感じられた。それは台湾が既に熟柿のように手中に出来る見通しが立っているからかもしれない。しかし「強大な国防力は戦争を抑止し、安定を保てるものだ」と堂々と発言する以上、武力侵攻を放棄していないことも明白である。中国政府にとっては、依然として「台湾問題」が「核心問題」であることに変わりは無く予断は許さない。
 私は、靖国問題は貴国の台湾問題と同じく「わが国民の精神的『核心問題』であるから内政干渉を止めることが先決だ」という趣旨の“忠告”をしたのだが、台湾問題と同等に扱えないという。しかし、この問題についても相当苦心しているように見受けられたから、彼らが日本国内で意見交換する日本人の中に、彼らに同調して『間違ったシグナル』を発信しないように注目しておく必要があることを痛感した。媚中派親中派日本人の対中“ゴマすり発言”は、日中間の友好を逆に阻害するものである事を自覚して欲しいものである。
 ところで、会議終盤になって、チベット問題で意外な“事実”を知ることになった。わが方のメンバーの一人が、ネパールに向けて脱出するチベット人少年僧を、中国国境警備兵が『まるで犬を撃つように』射殺した画像が、インターネットなどを通じて世界中に流れ、大問題になっていることを指摘した際、その回答が極めて不自然であった。要人でありながら「知らなかった?」様に見受けられたのである。彼はその事実を頭から否定し「仮にあったとしてもその映像は捏造だ。映像を捏造することは簡単だ」と強く言ったからである。
 予定時間を過ぎ、主要課題に関する討議も終わったので、私は敢えて“彼”に忠告する意味で、次のように発言した。
「この映像が世界中に流れていることは事実である。まず、それを見てから発言すべきであり、そうでなければ貴国は依然としてネット規制が厳重で、要人でさえも情報を制限されているような誤解を招きかねない。次に、いきなり『その画像は偽造であり、我が国を貶めるための行為だ』と言うのはいかがなものか。まず、『画像が偽造である』との発言は、旧国民党などの手法を認める発言だと受け取られるし、頭から『否定する』ことは、衛星攻撃実験成功時に、貴国の報道官が記者会見して“平和的・・・”と強弁したシーンを髣髴とさせる。このような態度では、真の友好関係を貴国と築くのは困難だと国民は思うであろう」
 すると彼は興奮してきてテーブルを指で叩きながら“演説”を開始したが、途中で「映像は見ていない」と言った。そしてチベットについては専門家であるとの経歴を延々と語りだしたのだが、わが方の出席者から「そんなことは我々は聞いていない。まず映像を見てから意見を言うべきであり、我が国では何時でも簡単に見られるから是非見てからコメントして欲しい。そしてその事実は貴国の国境警備隊自身が認めていることであるから事実である。またあの画像は簡単に偽造できる程度の物ではない。是非日本滞在中に、貴国の大使館にもあるはずだから画像を見て意見を欲しい」との発言が相次いだ。
 終了間際に、私が折角の“友好ムード”に水を差した形になったが、これは決して彼らにとって不利な事案ではなかったと思う。とまれ今回の意見交換会も彼らが「裸の王様」から解放された意味でも成果があったのではないか?と自讃している。
 しかしチベット問題で、何故あれほど緊張した対応を取ったのか? 多分国内主要幹部間では、このチベット問題は「タブー」になっているのかもしれない。そうだとすると「人権・人道問題」が中国政府のアキレス腱であるに違いない。
 人道・人権問題を放置したまま、折角温家宝首相が来日しても、拉致問題と言う「人権無視事案」の徹底的解決を求めている安倍政権との間での「真の戦略的互恵関係」は築けないであろう。安倍首相を先頭に日本国民は「うわべだけの友好」を望んでは居まいからである。人権を強調する我が国の「野党陣営」もそうであるに違いない!
 研究者一行は今週末までわが国内に滞在し、各方面との「意見交換会」を開くらしいが、真に日中友好を念願するのならば、対応する日本人自身が、彼らにとって「風当たりのいい助言」ばかりをすることなく、将来、アジアの安定に寄与するための「耳の痛い発言」も忌憚無く発言して欲しいと思う。福島社民党党首始め、人権弁護士たちの真価が問われている折、彼ら、彼女らの活躍を“期待したい”ものである。