軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

中国“空母”と米国の思惑

 tazaemon氏のコメントにもあったが、19日の産経新聞「ハロランの眼」欄に、「中国の悲願、空母獲得」として、訪中した米太平洋軍司令官・キーティング大将の発言をハロラン氏が分析している。
 一読した限りでは、ハロラン氏は、中国の空母保有論の裏には「大国意識」、つまり「国際的威信」「兵力投入」「補給路防衛」「地域間競争」「救援活動」があると見ている。
 しかし「手に入れたがっている台湾への攻撃には空母は必要ない。空中給油可能な陸上配備の航空機や着々と増強してきたミサイルが攻撃の主力となるからだ」と“奇妙な?”論を展開している。
 何度も書いたように、社会科学院との安保対話で中国高官は「空母を保有する目的は、台湾攻撃のためであり、既に搭載機の50機はロシアに発注済みである」と強調したものである。勿論、何時の時点で空母を保有するのか不明であり、中国が既に「博物館」としてオーストラリアから購入済みの「メルボルン」、ロシアから購入した「ミンスク」「キエフ」「ワリヤーク」の4隻をこれに充てるのならば、今既に要員の訓練を進めていないと間に合わないが、将来の可能性がないとはいえないだろう。
 他方、侵攻するべき航空機においても、台湾と中国双方の「実力」を見れば、ここ数年間は、互いに350機程度での制空権を確保する闘いが予想されるから、中国空軍が確実に制空権を確保できるかどうか決断が下しにくいと思われる。
 このような情況を十分承知した上で、キーティング司令官が語ったとされる談話の内容を検討すると、「これらの艦船の複雑さを知らないというのはお互いになしにしよう。(知っていると仮定して)安い買い物ではない」と釘を刺し、「中国がそれに着手することを選択すれば、とてつもなく困難な冒険的事業となるだろう」と暗に「牽制した」と取れないことも無い。
 空母艦隊(空母グループ)を保有することは、搭載する戦闘機部隊が主力なのだから、海軍戦闘機部隊の戦力化が第一に評価されなければならないことは自明である。仮に中国が空母を保有し、この航海技術が手に入ったとしても、艦載機の運用をマスターしない限りその空母は単なる『標的』に過ぎず、「戦力化」したとはいえない。
 キーティング司令官は「それには10年以上かかる」と言及したそうだが、中国人の時間の観念は米国人とは桁違いだから、彼らは「10年もすれば出来るようになるのだ!」と受け取ったに違いない。
 しかし、決定的なことは、海洋国家ではない「大陸国家」の国民性が、それについていけるかどうかにある。
 ソ連も、米国と拮抗する『軍事大国』になったと錯覚して、自分が「大陸軍国家」であることを見失い、陸軍に対抗意識を燃やした海軍元帥の「大海軍構想」などを掲げて艦船建造に躍起となり、アジアに進出してきたが、まるで「バルチック艦隊」のように消滅してしまった。
 現役時代の我々は「ミンスク」や「ノボロ・・・」が進出してくるたびに、海空協力して厳戒態勢を敷いたものだが、沖縄周辺海域を北進中の艦艇を偵察した写真を分析したところ、甲板のいたるところに「観葉植物の鉢」が置かれていて驚いたものである。途中でトンキン湾に寄航した彼らは、やはり大陸人らしく、観葉植物を多量に購入?して“慰め”にしたかったのであろう。
 近代空母の要は、艦載機を発進させるカタパルトにある。蒸気推進式のカタパルトとその運用法は、米海軍の“特許!”であり、他の追随を許さない。そしていまや米海軍は『電磁波方式』を開発している。
 海洋国家イギリスは、経済的理由からか空母保有にこだわらなくなったが、仮に日本が空母艦隊を保有すると仮定すれば、米国の一個空母艦隊を保有するだけで全海上自衛隊の年間予算をオーバーする、と見積もったことがあるほど莫大な費用を要する。
 海上自衛隊は空母搭載用の戦闘機部隊を保有しないから、艦載機として空自のファントム戦闘機部隊が移籍されるとしても、なじむのには相当時間を要するだろう。勿論、我が国は大東亜戦争で大機動部隊を保有した経験があるから、金と少々の時間がかかるだけで勘を取り戻すだろうが、中国は果たしていかがなものか?
 SAPIO(6月27日号)の「北京探題」欄で、ウイリー・ラム氏が同じく「キーティング大将の訪中問題」を取り上げているが、彼は大将が中国の「空母建造に理解を示し、『喜んで手助けしたい』と発言した」と書いている。真意のほどは定かではないが、「大手軍事企業の最高幹部がホワイトハウスに対中武器禁輸の解除について積極的なロビー活動を展開している・・・仮にEUが武器禁輸を解除すれば、ホワイトハウスとしても手をこまねいているわけにはいかない。このため、『米政府は既に対中武器禁輸の部分解除の可能性を真剣に検討している』とワシントン外交筋が明らかにした」と書いている。そして最後に「安倍政権は対中政策のみならず外交政策全般について、基本的にブッシュ政権に『右に倣え』だが、気がついたらハシゴをはずされていたという事態が起こりうることを思慮の中に入れている日本の政治家や官僚がどれほどいるだろうか」と結んだ。空母が「武器禁輸解除項目」に入っているとは思えないが、武器輸出入問題では、我が国のF−X問題も絡んでくる。
 米国との『同盟関係』なくしては、自己の安全保障さえも確保できない国家に成り下がっている以上、米国の力を利用せざるを得ないのは自明だが、少なくとも自主独立の気概を失ってはならないだろう。
 ハロラン氏の眼が正しいか、ラム氏の分析が正しいかは、いずれ判明するだろうが、どちらにせよ、我が国は独自の視点からもっと積極的な防衛努力を推進すべき時である。