軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

点と線!

『点と線』(てんとせん)は、松本清張の長編小説。筆者初の長編推理小説である。「旅」1957年2月号から1958年1月号に連載し、同年に光文社から刊行された。後に新潮文庫から文庫本も発売され、電子書籍化もされている。

福岡市の香椎海岸で発見された男女の情死体に疑問を持った2人の刑事の事件捜査を活写する作品である。F・W・クロフツによって確立された「アリバイくずし」のスタイルを継承した推理小説の名作であり、清張の代表作である。また、動機を重視したこの作品は「社会派推理小説」と呼ばれ、「清張ブーム」を巻き起こした。

 これは松本清張「点と線」についてインターネット上で紹介されている文だが、香椎海岸は福岡時代に住んでいた名島の近所だったから、防大時代に帰省すると作品片手に、文をたどってよく歩いたものである。
 点が繋がって線となり、そこにある事象の姿が浮かび上がってくる・・・

 私は、「情報活動」とはそんな活動の連続で気の長い勝負だと思っているが、思いもかけない「点情報」が、ある日繋がって輪郭が浮き上がることがある。
「情報」は、公的機関が掴んでいる情報よりも、日常のメディアに氾濫しているもの、各種の出版物、新聞、雑誌、週刊誌、単行本など等、雑多なものから得られることが多いのだが、勿論、調査すべき問題に「関心」を継続させておく必要がある。すると不思議なことに、ある日突然点に過ぎなかった情報が何個か繋がって、問題点(全体像)が浮き彫りになる時がある。それを私は「点と線」と呼び、現役時代に新聞情報を丹念に拾っていた私は実例を上げて部下に話して聞かせたものである。

 先日、霍見芳浩教授の「アメリカ殺しの超発想」を紹介され、読み進むうちに、今まで霞んでいたものの輪郭が次第に浮き彫りになってきたことを、ブログに書いた。たまたま産経新聞の記事が重なったからであった。
 この著書は平成6年(1994年)に出版されていたのだから、出版時は私はまだ現役で、浜松の教育集団幕僚長か松島基地司令時代にあたると思う。その頃この本に接していたら、もっと早く実態がつかめていたはずであった。つまり、政官界の“闇の一部”、特に昨年、防衛庁が指弾され現役事務次官が逮捕されるという不祥事が明るみに出た「山田洋行」問題についてである。
 広報室長時代にその端緒はあったし、鋭い記者さんたちから追及されていたのだが、突然解任されて私は三沢に転勤し実動部隊勤務になったのだから、「点」のままで終わっていたわけである。

 勿論、その後も多くのジャーナリストや記者さんたちの「点情報」に接していたから、この問題については「点線」でおぼろげながら繋がってはいたといえる。それがこの本でかなり鮮明に繋がったのである。
 ところがである。先週友人から電話で、近々「秋山直紀氏の暴露本が出るらしい」と聞いていたので、今日本屋に行ったところ、目の前に「読んでくれ!」といわんばかりに積んであるのを見つけた。「防衛疑獄」秋山直紀著:帯には「フィクサー」独占手記(講談社)「暴露された日米同盟利権の闇!」とある。

 宮崎何がしの「山田洋行」事件と、秋山氏の「日米文化振興会」関連捜査は、国会喚問は派手だったものの、その後“予想通り?”尻切れトンボに終わって、大方の“期待?”を裏切る形になったが、それはこの本を読めば浮かんでくる。
 裏表紙には「検察は防衛フィクサーの排除が目的なのか?」と赤字で書かれ、「全ては金丸信防衛庁長官就任から始まった。日米軍需産業と政界を結ぶ黒幕と呼ばれた男が明かした日米同盟の闇の真実!」とあるが、その内容は、前著「アメリカ殺しの超発想」で霍見教授が書き、予言した展開に一致している。

 これに「防衛庁=自民党=航空疑獄:政商と商戦の戦後史」(室生忠著:三一書房1979年刊)を重ねると、点はより一層太い線でつながってくるから不思議である。著者の思想信条などに構うことなく、記述を分析するとかなり事実関係が浮かび上がるのである。そして登場人物も繋がってくる・・・

 購入したばかりの「防衛疑獄」を通読したが、この1月4日に急死した空自OBの田村元参院議員が登場するが、私もこの日の夜には数件の電話で「亡くなった」と知らされた。死因は癌だといわれたが、その後多くの記者やジャーナリストたちから「自殺?他殺?」と問い合わせがあったので辟易したことを覚えている。私には一切無関係の世界での出来事だったからである。
 ところが、入院先が自衛隊中央病院という“密室”だったから「死はいささかタイミングがよすぎたのではないかという疑問が頭から離れない」と秋山氏は書いている。
 そして「平和憲法の落し子=自衛隊員」たちの真情を彼はこう表現している。
「当時の自衛隊員たちの置かれた立場を考えなければ理解できないだろう。その頃の自衛隊は本当に日陰の存在で、世間から認知を受けていなかった。隊員たちも日陰者のような意識しか持てなかった。そうした隊員たちにとって、『自分達の立場を世の中に認めてもらうためにも、自分達の代表を国会に出すんだ』という思いは強かった。一人当たりにすれば党費などわずかな金である。『それくらい、皆でやろう』と言い合って、全国二十万の隊員の自主運動として選挙の応援をやっているのだ」という秋山氏の記述は、的を射ている。
 そんな実に純粋な気持ちから『政治に関与しない』という大原則は崩されていき、政治家達に“集票マシーン”としてうまく利用されたと私は思っている。
 そして「そんな隊員たちや防衛省から見れば『小沢一郎氏は神様である』。それは『小沢は自分の長男を防衛大学校に入学させ、海上自衛隊に勤務させている。息子の防大卒業式にも出席している。そこまでやってくれた人を裏切れない。実際、現役の自衛官や防衛官僚の口から私は何度もそう聞いてきた。『あれほど大物の政治家の先生が自分の子供を自衛隊に入れ、親身になって俺たちの話を聞いてくれる。そんな応援をしてくれる先生が他にどこにいるんだ。だから俺たちはついていくんだ』と」
 まず間違いを指摘しておこう。小沢氏の息子は『防大』出ではない。私学出身である。海自に入隊したのは幹部候補生としてであり、小沢氏が江田島の卒業式に参列したことは当時の週刊誌でも話題になった。そして息子は2尉まで勤めて退職している。
「あれほど大物の政治家先生の息子だから、昇進に気を使う」という意見も現場にはあったが、そんな悩みから解放されて「ホット」したとも聞いた。
「現役自衛官や防衛官僚」には、冷静に物事を見ている者も大勢いるのであり、当初から彼独特のパフォーマンスと見ていた者も多かったということを秋山氏には忘れてもらっては困る。陸でも2尉まで勤めて退官して政治家になったものがいるのだが、それはともかく、この書はきっと話題を呼ぶことだろう。選挙が迫っている自民党にとっても、民主党にとっても「吉と出るか凶と出るか?」
 「脱税容疑」で逮捕された彼だが、この問題の背景についてどこまで申し立てるか、いずれにせよこの本に実名で出てくる関係者各位が、国家防衛という崇高な使命を果たすための「国益を中心に据えた行為」だったのか、それとも単なる「私利私欲、利権争奪、党利党略行為」だったのか、日米同盟と、憲法という日本の防衛が内包する問題点を、彼なりに明確に証言して欲しいと思う。これからの彼の裁判が大いに楽しみである。

防衛疑獄

防衛疑獄

自衛隊よ胸を張れ

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