軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

あたご事故・海自の2被告はいずれも無罪

嬉しいニュースが入った。
≪千葉県房総半島沖で平成20年、海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し漁船の父子2人が死亡した事故で、業務上過失致死罪などに問われたあたごの当直責任者、長岩友久被告(37)と後潟(うしろがた)桂太郎被告(38)=いずれも3等海佐、起訴休職中=の判決公判が11日、横浜地裁で開かれた。秋山敬裁判長は、検察側が主張する清徳丸の航跡について、「特定方法に極めて大きな問題があった」などとして、2人に無罪(求刑禁錮2年)を言い渡した。≫
≪秋山裁判長は判決理由で、検察側が刑事責任の根拠として主張する清徳丸の航跡図について、「航跡特定にあたり証拠の評価を誤ったと言わざるを得ない」として信用性に欠けると指摘。「清徳丸は検察側の航跡図通りに航行していない可能性がある」と2被告には事故を引き起こした過失責任はないと結論付けた≫
≪平成21年1月の横浜地方海難審判所の裁決では、事故の主因をあたご側の監視不十分と認定、長岩被告の監視ミスを認めたが、判決は海難審判の裁決を覆す判断となった≫
≪清徳丸の衛星利用測位システム(GPS)が事故で失われたため、検察側は清徳丸の仲間の漁船乗組員の供述から清徳丸の航跡を推定。航跡図に基づき、海上衝突予防法上、接近する他の船を右手に見る位置にいる船に回避義務がある「横切り船」航法の規定から、あたご側に回避義務があったと主張していた≫

≪あたご事故当時の報道≫

横浜地裁は「検察側が指摘した清徳丸の航跡は正確さを欠く。検察側は航跡特定のため、恣意的に僚船船長らの証言を用いていると言わざるを得ない」と結論付けたのである。

つまり、検察側は、≪事故当時に同じ海域にいた清徳丸の仲間の漁船員の供述に基づき航跡図を作成。この図では両船が衝突する危険が生じており、海上衝突予防法上、接近する他船を右手に見る船に回避義務があるとする「横切り船」の規定で、あたご側に回避義務があることになると主張、論告で検察側は「自分たちがミスを犯すはずがないという過信が事故を招いた」と海自側を非難していた。


そこで弁護側は「調書は誘導で作られた可能性が高く、不自然なつじつま合わせが多い」と岡本検事の証人尋問を求め、捜査に当たった岡本貴幸検事が証人出廷した際、争点となっている清徳丸の航跡について「衛星利用測位システム(GPS)データが再現不能だったため、漁船乗組員の目撃状況で航跡を特定した」として、「清徳丸の僚船康栄丸の乗組員から事情を聴き、「清徳丸は左7度、3マイルの位置にいた」との調書を作成したと証言していた。しかし、驚いたことに、康栄丸の乗組員は公判で「7度という数字は言っていない。『ここら辺にいた』と言っただけ」などと証言したのである。


検察側は、こんな“ずさんな調書”を主な根拠として清徳丸の航跡を特定し、「あたご側の過失を主張」していたのである。つまり「自分たちがミスを犯すはずがないという過信が事故を招いた」と海自の二人を責めたのだが、事実は検察官の岡本検事の方が「過信していた」ことになったわけである。
何となく、世間を騒がせ、検察の威信を失墜させた“検察不祥事事件”を髣髴とさせる出来事である。

当然無罪判決を受けた3佐2人は公判終了後、ほっとした表情で判決の感想を語り、長岩友久3佐は「当然の判決ではあったが、公正に判断していただいた裁判所に感謝している。この国が法治国家として健全だったということに安心した」と語り、後潟桂太郎3佐は「法治国家であれば当然の判断。膨大な証拠類をよく検討していただいたと感謝している。新しいスタートの地点に立ちつつあると思っている」と述べた。

更に2人の弁護人、峰隆男主任弁護士は「よく裁判所は証拠を吟味し、われわれの主張を随所に取り入れていただいて納得できる判決だった」と語ったが、ご苦労様でした!とねぎらいたい。


我々空自隊員も、昭和46年7月の雫石事件で、メディアに煽られて事実関係を見誤った“素人検事と裁判官”に苦杯をなめさせられた経験がある。
F-86Fに追突したB-727の機長の見張り義務とコース逸脱などに関する検察側の主張は、3次元の世界になじまない方々の勝手な“妄想”で、自衛隊側の一方的なミスにされたのだから、今回の判決は画期的以上に感激である。


≪当時の新聞記事≫


私は今でもあの事件は“冤罪”であると信じているから、今回の判決でようやく「正義が勝つ」と信じることができた。
二人が判決後に語った「法治国家であれば当然の判断。膨大な証拠類をよく検討していただいたと感謝している」という感想がそれを証明しているように思う。


ところが、である。負け犬根性が抜けきらない当時の政府・防衛省は「海上自衛隊イージス艦・あたご側の不適切な見張りなどが事故の原因だったとする最終報告書をまとめていた」から、無罪判決に「予想しなかった」と驚きが広がったらしい。

わが子を「2度と悪さをさせませんから」と裁判所に差し出して「“犯人”だと認定」していたのだから“親子関係は破たん”しかねない。
≪同省は平成21年5月の報告書で事故の原因として、不適切な見張りと、レーダーで監視する戦闘指揮所と艦橋との連携不足を指摘。事故を受けて、見張り要領の見直しや訓練強化など再発防止に取り組んでいた≫という。


子供は「自分はやっていない!」と主張しているにもかかわらず、「とにかく頭を下げて謝ってしまいなさい」としか言えない“親”だから、子供は“ぐれ”やすくなる。

雫石事件でも潜水艦「なだしお」事件でも、何でも謝ることが“前例”になってきた組織なのだからやむを得ない…。今回の事件も「とにかく謝れ」と制服組の一部さえも思っていたとしたら、そんな組織に「正義」はないといえる。
軍刑法がない自衛隊、謝れば当該自衛官だけが≪刑法で処罰≫されて前科者になるが、その他の関係者は内部の「行政罰」しか受けないから「前科者」にはならないのである。


今回の東北大震災で明瞭になったように、「軍」とは命がけで任務を遂行する組織である。組織自体が一般官庁並の「事勿れ主義」で、上司もそれに迎合する者ばかりだったとしたら、部下のだれも危険な任務は遂行しなくなる。「戦場離脱」が横行するだろう。


自衛隊の船が他の船と衝突すること自体があってはならない。引き続き再発防止に取り組む」と冷静に受け止めていた幹部もいたそうだが、事故調査の目的は「事故の再発防止」にあり、そのためには「事故の真相追及」が大切、決して犯人追求ではない。その点、肝心の防衛省にも海自にも、今までの様な“負け犬的根性”が残っているようでやや不満が残るが、何よりも無罪判決が出た現在、苦しんだ二人とをしっかりと迎え入れて再び堂々と軍務につけるよう指導してほしい。もちろん、家族に対しても同様である。
注目していた裁判がいい結果に終わったことを喜びたい。

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