5 電力の回復ならず
車のラジオから「電力が回復した際、暖房器具などが勝手に作動しないようにすべてのコンセントを抜いてお待ち下さい。」というアナウンサーの落ち着いた声が何度も繰り返される。
しかし日が落ちる町並みは暗くなる一方で人工的な明かりは対向車のライト以外一切見えず、信号機でさえ一つも作動していない。
追い打ちをかけるように雪が降り始め、だんだんと周りは白と黒のコントラストにテールランプの赤が稀に混ざるだけになって行く。
信号機は一向に回復しないが車の流れは通常と変わりない速度で流れ、脇道からはいる車は自分で安全確認をし、危なげなく円滑に流れる。
いつもは遠くからでも確認できる煌びやかなガソリンスタンドの看板もなく、店員もなく、通過する瞬間にここがガソリンスタンドだったんだと認識するとともにここもダメか、と落胆することが延々と続く。
しかし、最悪の場合でも滝沢ICの近くに24時間営業のガソリンスタンドが何軒かあるので、そこの前で電力が回復するまで待てばいい、という安直な考えをもっていた。
6 走行継続断念
燃料残量計が徐々に下がっていくのに反比例して不安が増していく。それでも継続して南下を続けていたが滝沢に入ったところでとうとうというか、やはりというか、そのときは自分を奮い立たせるために予想どおりと言い聞かせていたがエンプティー状態になった。
私の車の場合エンプティーライトの点灯ではなく、残量を示す液晶が点滅するタイプでとても目障りになる。
電力の回復は見通しが立たず、雪も本降り、このまま走り続けてガソリンがなくなればヒーターも使えず最悪凍死もあり得るので24時間営業のガソリンスタンド付近で電力の回復を待つことにした。
車内で一夜を過ごす覚悟で19時頃にガソリンスタンド「一光」の大きな看板のそばにあるコンビニエンスストアに入った。コンビニも電力がないため営業していないだろうと思ったが、懐中電灯と計算機で営業していた。
とりあえず食料を調達しようと店内にはいると、客はライトや携帯の明かりを頼りに商品を選択し、店員は懐中電灯で値段を見て計算機で計算し、品物と価格をメモしておつりを渡す作業が続くため長蛇の列であった。電池と飲料を買い求める人が多いようであった。
暗闇の中万引きに似た行為も十分に“安全に”できる状態であったが、レジを待つ列の中から文句を言う者もなく不法行為をする者がいないことに日本人の道徳観は素晴らしいと感じた。
しばらくして別の店員が「あったあった」といって奥から出てきた。手に持った器材に電池を手早く入れるとレジに入る。
手に持った器材からは赤い光が放射され商品のバーコードに当てると価格が表示され計算されるハンディータイプのバーコードリーダーであった。長蛇の列から拍手がおき客の廻りが劇的に早くなった。これも一種の危機管理か、と感心するとともに考えさせられるものがあった。
7 車内泊
コンビニの駐車場で一夜を明かそうと就寝の態勢を取ろうとしたが、次から次へと買い物をしようとする客が車で入ってくるため駐車場が一杯となり車道まで待つ列もできてきた。
このままこの場所で留まることが居たたまれなくなりとりあえずコンビニの駐車場を出ることにした。
出るとすぐに盛岡大学の駐車場が「一光」と隣り合わせになっているため「一光」の明かりがつけばすぐ分かるように、ここで一夜を明かそうと決心した。
寝袋を展開し就寝態勢を取りつつ寒さに耐える準備を開始した。
20時頃、一台の軽トラが近づいてきた。私に用かな、と思いつつ動向を見ていると私の車を検索し、私が乗っていることを確認すると運転席側の窓をノックしる。窓を開けると「ここの駐車場を閉めなくてはならないので」という管理人風の人であった。
現在の事情を説明しガソリンスタンドが開くまでの間置いてもらえないかとお願いをしたが、「私の一存では・・・、これも仕事でして」の言葉に自分に置き換えてみると「そうだよなぁ」と思い盛岡大学の駐車場を出ることにした。
一旦寝袋を撤収するため外に出たとき雪はあがっていた。見上げると雲の間から星が見える。それもものすごく濃度の濃い星の数で雲と星とのコントラストが白と黒にくっきり分かれて見えた。
雪の積もる中を移動し、とうとうロープを張った「一光」の敷地の際まで接近し、この営業終了を示すロープにボンネットを差し入れるような格好になってしまった。いつまで電力が回復しないのか苛立つとともに今の日本が「電力で動いている」ことを改めて感じた。
8 被災状況の入手
歩道とガソリンスタンドの際で車体が斜めになったまま再度寝袋を展開し防寒の体勢に入った。
寒さが堪え難くなったときにエンジンをかけ暖を取り、暖まったら切るを繰り返していたが車内全体を温めるのはもったいないと思い夏に使ったレジャーシートを積んでいることに気付き、活用することにした。表面はアニメのキャラクターが描かれ、裏側はアルミのコーティングが施され、間にはクッション性をよくするためウレタンがサンドイッチされていて家族4人が十分に座れる大きさがあった。これをフロントガラスにあて、前席のヘッドレストを巻き込み座席の後に垂らすようにし、すっぽりかぶるような格好になる。デフォッグと足下からの温風がレジャーシートの中で効率よく循環し、短い暖機運転でも十分に温められた。
エンジンの始動停止を頻繁に行うのでバッテリーの消耗をできるだけ防ぐためにヒーターのモーターは「LO」、カーラジオはエンジン始動中のみで、停止時は携帯ラジオをイヤホンで聴ことにする。
電波環境が良くなく感度が取れるときと取らないときが周期的であったが何とか内容は掌握できた。
しかし、まさに耳を疑いたくなるような内容がどんどん入ってくる。余震も頻繁に起きて車が揺すられ、「一光」の看板が倒れてくるのではないかという恐怖も相まって、東松島市の自宅周辺の状況を最悪の状況に想像してしまう。
ラジオからは、気仙沼の市街地は津波により流され、方々から火の手が上がり壊滅状態であること。
石巻の工業地帯は津波により水没状態であること。
閖上付近では200名以上の死体が散乱していること。
多賀城のコンビナートが爆発炎上していること。
住民が避難した野蒜小学校体育館を津波が直撃して多数死者が出ていて、野蒜駅周辺が瓦礫と化したこと。
JR仙石線東名−野蒜間で列車が行方不明になっていること。映画の惨状さながらの情報が入って、寒さと相まってからだが震えた。(続く)
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