軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

言語空間の落とし穴

 26日の産経11面の「一筆多論」欄に、乾記者が「仏教徒を無視した大統領」と題して、オバマ大統領の就任スピーチの「我々はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒ヒンズー教徒、そして無神論者の国だ」との部分を、佐藤優氏が注意すべきだと指摘したと書いている。
「何の変哲も無い箇所だが、『ヒンズー教徒』をさりげなく盛り込み、インドの顔を立てたというのだ。アフガニスタン作戦を成功させるには、インドの協力が不可欠だからで、『オバマは本気だ』と佐藤氏は言う。佐藤流をまねれば、このくだりで注目すべき点がもう一つある。『仏教徒』が全く無視されていることだ」。そして筆者の邪推だがと断り、『米国内の仏教徒に目が向いていないように、仏教徒の多い日本にも大統領はあまり関心がないのではないか」というのである。流石は新聞記者、着眼点が違う!と感心させられるが、評論家の宮崎正弘氏のメルマガでも問題になっていて、オバマ大統領の今後の対日政策を占う点だとして話題になっている。

 宮崎氏は、佐藤氏が「(アメリカ人の定義に)イスラム教徒にくわえてヒンズーを入れた。これでオバマはアフガン戦争に本気なことを示した」というのに対して藤井厳喜氏は「無神論キリスト教徒と並べる」のは無鉄砲というので、原文を読んだところ「WE AER A NATION OF CHIRISTIANS AND MUSLIMS JEWS AND HINDUS AND NON BELIEVERS」(我々の国にはキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒ヒンズー教徒、無宗教の人がいる)とあり、「米国は地球上のあらゆる場所から集まった言語と文化によって形つくられた」とオバマ演説は次の文節へ繋がるが、問題はここだ。プロテスタントが主流の国でありながら、カソリックを含めるので「クリスチャン」とよび、ユダヤ教徒を別途に分類する。くわえてムスリムを並べたのはテロリストとの戦争の連帯を意味し、ここへインド重視とばかりヒンズー教徒を加えたが、仏教徒は入れなかった。替わりに無神論者を入れて、これではキリスト教徒、ムスリムユダヤ教徒は怒り出すだろう。「オバマ当人と周囲のスピーチライターには、まさか同盟国日本が仏教との国でもあることを知らないか、重視していない証左だろう」というのである。
 そして「ブッシュ前大統領は01年の就任演説に『神』というキーワードを三十三回、つかった。GOD BLESS YOUで結んだ。オバマの演説に『神』は三回しか出てこなかった。それも最後の最後に二行だけ。この箇所に神が三回連続する。以下の通りである。【『神』の慈悲を身に浴びて、我々は自由という偉大な贈り物を運び、将来の世代に安全を送り届けたい。有り難う、『神』の祝福が皆さんに、『神』の祝福が米国にあらんことを】

 これに対してカナダに住む宮崎氏の読者が次のような意見を述べている。
オバマスピーチにある“Non-believers”を無神論者と訳すことには躊躇します。無神論者を表す言葉には“atheist”というごく一般に日常会話で使用される単語が存在します。もし無神論者の意味で" Non-believers"を使おうと意図するなら余りにも杜撰で、これだけで品位が数段落ちるスピーチに成り下がります。
 全ての宗教を列挙は不可能ですから、前段に挙げた宗教を信じていない人々全般をさしている言葉、つまりこれら以外の宗教を信じている人々全てを”Non-believers”で表現したと考えるのが自然と考えます。そう考えないと更に後ろで展開されている表現、"This is the source of our confidence-the knowledge that God calls on us to shape an
uncertain destiny."と自己矛盾をきたします。北米で生活していますと"atheist(無神論者)"はまだまだ極めてネガティブなイメージを含む”神をも恐れぬ野蛮な人々”として認識されています。
 日本のビジネスマンが時折”私は余り神を信じていないので無神論者かもしれません。”と米人にしゃべるのは大変危険な物言いです。キリスト教信者は同根のイスラム教信者のロジックは理解できても(逆も真)神の存在そのものを信じない人々には何をしでかすかわからない恐怖感を感じるのです。
 ブーヅー教信者が大統領になる可能性はあっても無神論者がなる可能性は近未来ではほぼゼロに近いでしょう。無神論を宗教と分類することが許されるならもっとも差別されている宗教が無神論でしょう」
 つまり「翻訳」を問題にし、論旨から推察すべきだとするのだが、この“神学論争”は実に興味深い。米国の新大統領が、今後の世界をどう動かすのか?という最大の関心事について、彼のスピーチをどう読み取ろうとするのか、“解釈”を間違えればその後の外交方針に多大な影響を及ぼしかねないからである。
 世界中に宗教と呼ばれるものがいくら存在するかは知らないが、その全てを網羅しなければ不公平?だというわけではないし、かといって少なくとも代表的なものは含まれるべきだという意見も理解できないわけではない。

 オバマ大統領の真意は今後解明されていくのだろうが、少なくともわが国において、かって森首相が「日本は神の国・・・」と発言したとたんにメディアなどからの攻撃にあって撤回した“事件”と比較して見ると面白い。


 現役時代に米軍の戦没者メモリアルが、台座の上に何の変哲も無い四角いコンクリート製の碑を建て、それに文字が入った真鍮板が貼り付けてあるだけの実に簡素なのを見て「せめてマリア様の像くらい立てて慰霊しては?」と言うと、「それをすると、関係者が慰霊に訪れるたびにその宗派によって、今日はこれ、と少なくとも13個の像を台座から毎回取り替えなければならず、とてもそんな余裕はありませんから、どの宗派にも通用するこのスタイルに決められています」と云う答えが返ってきたことがあった。その点日本は実にいい。神社でも仏閣でも、「うちの宗教以外、他の宗教を拝むと祟りがあるぞ!」などというのは邪教だと決まっているから、誠心誠意その前で手を合わせるだけで済む。
 それがヤオロズの神々を戴く「神の国日本」だと私は思っている。

 ちなみに街角の花屋の店先を覗いて見るがいい。どこの店にも「榊」が準備してある。近代産業の大企業でも、社屋には「神社」が祭ってあり、護衛艦には「神棚」がある。
 他国指導者の発言から外交戦略を分析するのは必要だとしても、“宗教先進国!”日本人は、オバマスピーチに一喜一憂して「仏教徒の多い日本にも大統領はあまり関心が無いのではないか」と気にする必要はさらさらないと思うのだが・・・

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福田恆存評論集〈第12巻〉問ひ質したき事ども―言論の空しさ

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